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たった ひとりの恋物語 第1章 ゴミのような世界

(あらすじ)
世界は俺たちのようなゴミには、生きにくい。
そして、「ゴミはゴミらしく生きろ」と強いてくる。

仕事に、人生に、意味を見失い、淡々とした毎日を過ごしていた主人公、鈴木 弘毅(すずき こうき)。32歳、独身、ゴミ収集を仕事にする彼の目に飛び込んできたものは、かつての恋人である田中 明(たなか あき)が自殺したとのニュース。弘毅は、明との昔語った自分たちの夢を思い出し、再度、人生の新しい一歩を踏み出す。
弘毅の夢は、小説家。
小説の中で、彼が描くのは、明との幸せな恋人としての時間と将来の姿。
次第に弘毅は、現実と小説のはざまの中に落ちてゆく。
弘毅の未来は、昔、思い描いた将来の姿か、退廃した世界か。

第1章 ゴミのような世界

ゴミの日常

煙草のケムリが溢れる事務所。
数人の男たちの汗と煙草の混じったニオイが充満するここは、朝の清々しさといったコトバからは程遠い。

週刊誌のグラビアを舐めまわすように見つめる男。
何度と読み返したであろう数カ月前のソレを食入るように見るその目は、既に人のモノでない程に血走る。
隣では、コーヒーをまるで水でも飲むかのように流し込み、煙草を吹かす男。
獣のような、体臭が鼻につく。
何日風呂に入っていないのかと顔をそむけたくなるほどだ。
まあ、私たちの仕事では、風呂に入ろうと入るまいと、どうせ変わらないのだが。

班長がここにやって来るまで、あと30分。
それまで私も何も映らない瞳でTVのモニターを眺める。
そこには、私たちの生活からかけ離れた世界の話が流れている。

私は一体、なぜここにいて、何のために食事をし、生きているのだろうか?
そんな取り留めも無い思考がもう何十周回ったことだろう。
最近では、思考することすら億劫になってきている。
私とは一体、なんなのだろうか……?

「フンっ」と鼻を鳴らし、再度、異世界が映し出されるモニターを見つめていた。

「極東清掃株式会社」
私が勤めている清掃会社の名前だ。
清掃会社といっても、ゴミを収集し、ゴミ焼却場へ運んでいくことを主事業としている会社。

よく知られてはいないことだが、ゴミにも種類がある。
ゴミは2種類に大別される。
企業が出すゴミ、つまり産業廃棄物と一般の家庭から出る一般廃棄物だ。
産業廃棄物は、収集や運搬に特別な許可や免許が必要であるが、一般廃棄物に関しては、地方の自治体に申請をすれば概ねその許可が下りる。

本来、一般廃棄物の収集・運搬・処理は自治体の責務であるが、自治体はその権限を民間業者に委託することで、自らはその管理責任だけをまっとうする。

まあ、いってみれば、汚い仕事は民間に任せ、自分たちは小綺麗なデスクワークだけを行い、上から目線でさまざまな空論をぶん回す。
そんな汗水さえも垂らさない仕事を、仕事と呼べるのか甚だ疑問だが。

そんなボンクラどものおかげで助かっているのが、ウチみたいな弱小中小企業。
自治体の権限を纏っての仕事だから、金払いも良ければ、それなりの保証や信頼も得られる。
だが、その恩恵を受けられるのは会社であって、私たちではない。

会社は、その利益を存分に確保するために、私たちには低賃金、高負荷の仕事をさせるってわけだ。
まあ、普通の会社や企業に勤めることができる訳がない、私たちにとっては賃金がもらえるだけでも助かるのだから、文句は言えない。
ただゴミを塵芥車(じんかいしゃ)に積み込み、ゴミ焼却場に持っていく。
毎日、ただ、ずっとその繰り返し。
なにも新しいことはない。

ゴミを積み込むだけでも疲労はする。
そして腹も空く。
会社からの帰りに道にコンビニに寄り、弁当と発泡酒を買う。
家に帰れば、これらを平らげ、後は万年床に突っ伏す。
気付けば朝。

また同じ毎日の繰り返し。
私は何のために生きているのだろうか?
何百回も周回する疑問がアタマに浮かぶ。
だが、それに気づかぬように着替え、出勤する。
ゴミを積み込み、ゴミ焼却場に運び、またゴミを積み、運ぶ。
コンビニで弁当と発泡酒を買い、ゴミだらけの部屋で寝る。

それが、毎日だ。

「ったく、なんだコイツ。
 女三島由紀夫にでもなったつもりかよ。
 教師のくせして、理想なんかじゃメシは食っていけねぇっつぅの!」
隣の煙草男が悪態をつく。
どうやら、TVで流れているニュースに向かって投げかけられた言葉のようだ。

モニターには、ここまで失敗したことが無いような爽やかな男がニュース原稿を読み上げている。
あぁ、私が彼のような生き方を諦めたのはいつの時分だったろうか?
自分に、世間に、諦めを抱いていなければ、私にも彼のような仕事に就くことができたのであろうか?

「……っというコトバを彼女は発した後、都庁の屋上から身を投げた模様です!」
女三島由紀夫……。言い得て妙だと感じる。
学も何もないここの奴等でも三島由紀夫の名前を知っていると思うと、なんだか笑えてくる。
モニターのなかよりも、意外にここの奴らの方が現実的なのかもしれないと。

「都内の私立高校教師の田中 明さんであることが現在、確認されました!」
その甲高い声に心がざわつく。

田中 明(たなか あき)……、だと……?

日常とは破壊されるべくして壊される

「クッソ……、くせぇ……、アツい……、気持ち悪い……」
初夏に差し掛かったこの時点でこれだ。
今年もクソったれな季節がやってくる。
まあ、年間通してクソったれなことには、変わりないが。

ゴミの収集は肉体労働だ。
それだけではない。
精神的にもツライ労働、且つ底辺の仕事だと私は思う。
昔、3Kなんて言葉が流行ったと聞く。
「キツイ、キタナイ、キケン」
その頭文字をとったというのだから、なんともナイスなネーミングセンスではないか。
ゴミの収集はまさにコレ。

キツイのは、肉体的にだ。
一日に約100件の家のゴミを集める。
ゴミだって45Lの袋に詰まっているわけだから、軽くても4㎏。
無理な詰め込み方をしていりゃあ、30kg近くなんてものもザラだ。
これを約100個、塵芥車に積み込む。
下手な筋トレよりも大変であるのは容易に想像できるだろう。

キタナイ。
当たり前だ。ゴミなんだからな。
特にこの時期は誰もがゴミを忌避する。
温度も湿度も上がるこれからの季節、ゴミの中に生ごみが混じっていれば、それが発酵し、腐臭を放つ。
これがまたいい具合に嗅覚を刺激するもんだから、えづかない方が難しい。
大抵の新人は、吐いて、昼食をまともに食べれない。
まあ、これに慣れてしまっている私もちょっとおかしいのだが。

キケン? そうだ。
世の中じゃ、分別だ、リサイクルだと言っているが、そんなことを真面目に取り組んでいる一般市民なんて、アホほどに限られている。
ゴミ袋の中に焼き鳥の竹串やカッターの刃が入っているのはザラで、使い古した包丁やハサミが入っていることもある。
会社の先輩は、ゴミ袋を持った瞬間に鉄串が手のひらを突き抜けたって話していた。
ゴミを塵芥車に積み込むときにだって油断はできない。
積み込む際に巻き込まれて右腕ごと持っていかれたって、話も聞く。

とまあ、絵にかいたような3Kなクソったれな会社で私は仕事をしている。

私の名前は鈴木 弘毅(すずき こうき)。
32歳、独身、中肉中背、趣味無し、特技無し、彼女無し。
既に感じているかもしれないが、正直、自分の人生を既に諦めている。
考えるのもダルイし、何かに期待するのもやめた。
ただ、生きているために生きているだけだ。
なにも考えたくない。
なにもしたくない。
ただ、身体があるから生きているだけだ。

昔は、こんなじゃあなかった。……と、思う。
高校生の頃は、それなりに勉強もして、部活だってしていた。
将来の夢と呼べるものも持っていた。
顔だって標準よりちょっと上だったから彼女だっていた。
家族以外にあそこまで、人に必要とされたことはなかった……。
それが……、田中 明だった。

彼女は、女子ハンドボール部の部長だった。
私が男子ハンドボール部に所属していたことからも接触する機会が多かったのだ。
正義感と責任感の塊と形容するにふさわしい彼女は、1年生の頃から期待され、当然のように部長の座に収まった。

口元にかかる程のショートボブの前髪の間から覗く、彼女の瞳は切れ長でその意志の強さが伺えるものだった。
鼻筋はピンと上向き、三角形の頂点ではないかと思うほどのシャープな顎は、彼女のアタマのキレをも表していたのではないか。
可愛いというより、美人。さらに快活。
そんな言葉が似あう彼女は、多くの男子から羨望の目を向けられていた。

「私は、弘毅の目が好き!」
そんなワケのわからない彼女からの告白が私たちを繋げた。
高校2年生の夏合宿1日目の朝練前だった。
子どものお絵描きのような、どこまでも続く水色の空の下、彼女はイタズラな表情を浮かべ、まるで「おはよう!」と言うような調子でそんな言葉を私に投げた。

瞬間、言っている意味がわからず戸惑っていると、
「そうそう! その表情だよ!
 よく理解しているじゃないか、ワトソン君!」
と言うと、イタズラな表情をさらに濃くし、部室へと走って行ってしまった。

夏の通り雨のように彼女の想いは、突然私の前に現れ、私の日常が変化する。
日常は突然に壊され、そして新しい日常が構築されていく。
それは、必然だったかのように。

想いと、未来と

私は当然のように彼女と付き合うことになり、登下校、そして昼食の時間を過ごすことが多くなった。

とは、言ってもお互いに部活が忙しいため、二人っきりで過ごす時間というものは限られた。
私も健康な高校男子であったので、そういったことをさまざま妄想していたが、現実にこうも忙しいと二人の関係を進めようにもうまくいかない。

そんな状態に悶々としながらも時間とは残酷にも過ぎていったのだった。
3年生になると彼女は女子ハンドボール部の部長に選出される。
まあ、当然のことであろうと思うが、それを素直に喜べない私がいた。

部長ともなると、学校全体や所属する地域連合の会議や集まりにと忙しくなる。
そうなると当然削られるのは私との時間だ。
ココで、ゴネるほど、私だって野暮ではない。
自分の気持ちを部活に、勉強に打ち込むことで、騙していた。

「さすが、私の選んだ男だな!
 弘毅のそのストイックさ、そして、その聡明さがやはり大好きだ!」
久々の日曜の午後。
部活が終わった後に、私たちは駅前のファーストフード店に来ていた。
商品を受取り、席につくなり、明は私の隣に座り顔を寄せて言った。

「私と会えない時間も無駄にしない。
 自己研鑽をして、もっとイイ男になってる!
 私はすごく嬉しいんだよ!」
ストレートに思ったことを伝えるのが明のイイところだ。
私は、恥ずかしさのあまり顔を俯ける。
自分でも顔が真っ赤になっていることが、体温からもわかる。
明は、こういうところも真っすぐだ。
だから、余計に惹かれるのだが。

「弘毅、聞いてくれ。
 私には、夢があるんだ」
明が真っすぐに私に向き直った。
私は、恥ずかしさのあまり、明を正面から見ることができない。
チラリと上目づかいで明を見やる。
切れ長のキレイな目の中の瞳が輝いているのが見てとれる。
私の鼓動はその速度を増していく。

「私はどんな人も、自由に生きれる世界になってもらいたいと思っているんだ」
どんな人も? 自由に?
私は、しっかりと明に身体を向ける。

「でも、誰もが自由って……、それは難しいんじゃない?
 誰かが自由に振る舞ったら、誰かが不自由になる。
 どんな人でもというのは、無理なんじゃないかな?」
私は、意地悪く反論をしてみる。
ここのところずっと明と会えなかったんだ。

ちょっとくらいは、いいだろう。
そんな反抗心にも似た気持ちで言い返してみる。
再度、上目遣いにチラリと明を見る。
明は、いつも以上に小悪魔的な笑みを浮かべ、私に顔を寄せてくる。

「さすがだね! ワトソン君! そこなんだよ!
 ひとりの自由が他者の自由を奪うことがあるのが現実だよ。
 だけど、少しずつその自由をずらしていけば、誰しもが自由になれるとは思わんかね?」
明は、右手の中指で架空の眼鏡をクイっと押し上げる。
「いやぁ……。私はワトソンでもないし、明智小五郎でもないよ……。
 自由をずらすって、一体、どういうコト? 
 誰かが自由を主張する際には、我慢しろってこと……?」

整理のつかないアタマで、できうる限り考えたことを投げかけてみる。
……明の口の右端がつり上がる。
「さすがだね! ワトソン君!! いい線をいっているよ!
 だがね、ちょっとだけちがうのだよ。
 私がいいたいのは、自由を主張するタイミングと、相手を選んで自由を主張するということなんだ!」
明は、右手にもったコーラを今にも握りつぶしてしまいそうなほどにチカラがこもっている。
あ……、そこでコーラがこぼれたら、私のワイシャツにかかるんだけど……。

「自由は本来であれば、誰しもが常に持っている。
 だけど、その置かれた状況を『自分自身で勝手に判断し』、自由を主張していないのよ。
 他の誰かに気を遣って、自由を主張しないことを判断しているんだと思うのよ。
 それって、本当にその人は自分の人生を生きていると思う?
 私は、違うと思うのよ。
 結局、自由って自分の想い込みで自分を縛っていることだと思うのよ。
 これって、本当に不幸せなことだと思わない?
 特に、このように考えるように癖づけられてしまった、子どもたちがかわいそう!
 だからこそ、こういった子どもたちを救いたいの!」

明の瞳が綺麗だ。
熱弁をふるいながら、その瞳に涙がうっすらと乗っているからだろう。
明のコトバが私の身体の中に入って来る。
刺々しいにも関わらず、だけど優しい温度を感じる。
入ってきた緩やかな熱量は、私の心臓を優しく包み込み、柔らかく締め上げていく。
……同じ年齢の彼女がこんなにも世界を、ニンゲンをしっかりと考えているとは……。

……コトバにつまり、思考し、逡巡している私の両頬を明は掴み、唇を寄せた。
ココがファーストフード店にも関わらずだ。
明は、その行為の後にも小悪魔的な笑みを更に強くし、腕で口元を拭う。

「…………ん~!! あ、明、何しているんだよ!!
 ここ、ワックだぞ! 他の人が見ているだろ!
 そして、お前、今、話している途中……」
慌てふためく私の口から洩れる言葉は、辺りに散らばる。
明は、相変わらず、その笑みを絶やさない。

「そう。
 そういうところなんだよ。
 だから私は、弘毅が好きなんだ。
 弘毅が将来、やりたいことって、なに……?」
明の瞳は、まっすぐに私のココロの中に向けられていた。


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