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たったひとりの恋物語 第4章 カメの世界

第4章 カメの世界

今は存在せず、過去と未来の連続

「だからぁ、弘毅は神経質なんだと思うよ~。
 誰もがそんなこと気にしていないんだから、放っておけばいいいんだよ~
 楽しいイベントになると思うんだよ~!」

明からの、明け抜けた楽観的な言葉が聞こえる。
文化祭を一週間後に控えた放課後、私は明と二人、生徒会準備室で話をしていた。
文化祭に参加する一部の生徒たちが、意見書を上げてきたのだ。
その内容にため息が漏れる。

「女装又は、男装し、校内の清掃作業を一番行った者に、逆Mr. Missの称号」を与えるというモノであったのだ。

これにはため息しかでない……。
私たちの学校の生徒であれば、この問題はとてもセンシティブで、しかも扱いづらい問題だとわかっているだろうに。
それを敢えて持ち出す感覚にすら寒気を覚える。
もう少し社会的平衡感覚を持っていると思っていた私が、生徒たちを買いかぶっていたのかもしれない……。

「あ~。もう、面倒くさい! 弘毅はいつもそう!
 生徒たちの可能性を自分が学んできた価値観で、断定するからだよ。
 もう少し自由にさせてあげてもいいんじゃない!?」
生徒会書記の明が捲し立てる。
お前は、私と幼馴染で、同じ部活だけなのに、いつも私に突っかかる。
生徒会長は私だ。
お前は、書記にすぎない。
私の決定に対して意見をいうのは違うだろう。

「フン!! だから弘毅はいつまで経っても、子どみたいな考えなんだよ!
 私のことだって、いつまでも子ども扱いして!!」
ショートボブの前髪が、そのムクれたほっぺにサラリとかかる。
こんなところに可愛いと感じてしまう私はちょっとおかしいのだろうか?

顔の割には大きな瞳。
それを覆い隠すような長めのショートボブ。
すこし丸い鼻が彼女の愛らしさを余計に引き立たせる。
更には、目をそむけたくなるような豊満な身体。
顔と身体のギャップから彼女を見つめる生徒は少なくない。

「で、そのお子ちゃまは、いつになったら私のいうコトを聞くんだ?
 お前の推挙なら、それらの活動を認めてやってもいいが……」
私は、口の端をイヤらしく歪める。
もちろん、明がオモシロイ反応をしてくることを見越してだが……。

「ん、もう~!!
 弘毅の意地悪~!!
 ゼッタイに弘毅になんか、頼まないんだから~!!
 私がどうにか軌道にのせてやる~!」
ムクレ顔をさらにムクレさせ、彼女は腕を組む。

ああ、可愛い……。
この時間こそが私の最上の時間だ。
もう少し、弄んでやろうか?
それとも、もう少し、からかってやろうか……。
私の深いところの感情が聳つ。

「もう! 弘毅なんて知らないんだから!!」
その言葉に刺激を受ける。
……この子は……、なんて可愛いのだろうか……。

生徒会室を出ていこうとする明に、後ろから柔らかく抱きつく。
腕を優しく、ゆうるりとその首元に回す。
できうる限り丁寧に、羽で触るかのように。

そして、丁寧に優しく耳元で囁く。
「ごめん……。怒っちゃった?
 明のことは大事だし、できうる限り希望に沿うようにするよ……。
 いつも、調整、ありがとうね……。
 大好きだよ……」

明の体温が上がるのを両腕に感じる。
「弘毅のバカ……、わかっていて、そういうことするのはずるいよ……」
腕の中で明が振り向くのがわかる。
明の顔が少しずつ、私に近づき、その唇が重なる……。

―――――――――――――――――――――
「じゃ、ねえよ!! お前らがマスクをしていないのが一番問題なんだよ!!」

失望は権利か、それとも自由か?

ったく、ぶち壊してくれる。
私が妄想し、そして創作をしはじめた時間を、サラリとくだらない現実が拭い去っていく。

私は、あの肌色罫線が張り巡らされるアイツに、結局のところ完全敗北し、クソったれな仕事が終わった後に、明と過ごすはずだった毎日を描き続けている。
それは、ちょっとした妄想と事実改変があるのかもしれない。
だが、それは私が明に焦がれ、求めていたことをストレートに表現できているような気がする。

気持ち悪い?
ああ、結構。
それは、私の妄想の産物でしかない。
だれかに晒すわけでもない。
だからこそ思う。

「私の世界の邪魔をするな」

私は、私の世界で完結し、そして満たされているのだから……。

―――――――――――――――――――――
「お前らがマスクをしていないのが、一番問題なんだよ!!
 うちの会社の信用が落ちる! 徹底的にマスクしろ!」

くだらない怒号が事務所に飛ぶ。
隣国発肺炎の感染者が異常なまでに増えている。
東京の感染者数は既に10万人を突破し、先日、これによる死者数も1,000人を超えた。
政府は緊急事態宣言を発令し、今まで以上の外出自粛を国民に促した。
更に外出時には不織布マスクを着用することをほぼ義務化し、これを着用していなければ、入店を禁止する飲食店さえも出てきた。

ここまで徹底した感染対策が敷かれているにも関わらず、感染者数の増加は止まらない。
そして、私たちの仕事も日に日に多く、負担の大きいものになっていった。

「クッソ……!! また破けやがった!!
 おい! ぶん投げたから、早く捲け、捲け!!」
佐藤の怒号とも取れないコトバが飛ぶ。
私は、急いで黒いボタンを押す。

このボタンを押すとスライダーが廻り、ホッパーに投げ入れられたゴミが塵芥車の奥へとプレスされる。
そいつが存在しなかったように、捲き込まれ、圧縮され、塵芥車の奥深くに消えていく。

そう。

私たちの人生のように……。

「クソ、、、しくじった!!
 最近のゴミは、やたらめったら詰めやがる!
 こっちが思っていた以上に重いモノばかりだ!
 バカみたいに詰め込むんじゃないよな!!」

そう言うと、佐藤はアルコールのスプレーを自らの身体に振りかけ、煙草に火をつける。
引火したらそれこそ車内が地獄絵図になると思ういながらも、私は何も言わない。
それだけ佐藤だってギリギリの状態なのだ。
佐藤の目の下にもクマが見える。
コイツみたいな奴にでも今の異常な状態は応えるらしい。

私は、煙草に火をつけ、次の集積場を目指し、運転をする。
「俺らは……、誰かが生きるために、消費されるために、生きているのかよ……」
佐藤が静かに呟く。

私は、これを聞こえないふりをし、煙草のケムリをフウっと吐き出した。

―――――――――――――――――――――
「え~!!
 だって話が違うじゃ~ん!
 弘毅は私と同じ大学に行くっていってたじゃん!」
図書館に明の声が反響する。
オイオイ……。
今日は休日だぞ……。
多くの健全な市民の皆さんが利用しているのだから、声のトーンを5段階ぐらい落とすべきであろう。

周りからのいぶかし気な視線に黙礼をした後、私は明にいう。
「明、落ち着いて。
 まずは声のトーンを落として……。
 みんな見ているから……。
 そして、明が思っているようなことじゃないから、大丈夫だよ。
 俺たちは一緒にいるから大丈夫だよ……」
懸命なコトバにも明のムクレ顔は収まらない。
あぁ……、その顔がまた可愛いのだが……。

「全然わからない!!
 一緒の大学を目指そうって言ってたのに、そんなことを言うなんてありえない!!
 さては、他に女ができたのね!?
 ひどい、裏切り者! 私は当て馬だったのね!?」
相変わらずの早合点に、むしろ笑みさえこぼれる。
コイツは、本当にわかりやすくて、そして大好きだ。

「明、ごめん。
 でもね、そういうことじゃないんだ。
 明と一緒に長く居たいからこそ選んだことなんだよ。
 明は文系、俺は理系。
 お互いにとって一番、いい選択肢は数駅離れた大学。
 明。
 ココはちゃんと理解してほしい」
少し長めの前髪が明の表情を隠す。
キツイことを言っているのはわかっている。
だけど、私だってやりたいことがあり、また、明の可能性をつぶしたくない。

明はムクれた顔で少し思案した後、私の胸にそのアタマをぶつける。
トリートメントの香りだろうか?
それが我慢をしている私の劣情をくすぐる。

「……それは、将来のことも、考えてってことなんだよね……」
蚊の鳴くような声だが、私にだけは聞こえる声で明はいう。
決意とも、私を試しているかもわからないが、私はこう答えると決めていた。
胸に置かれた明のアタマを丁寧に抱きかかえ、私はいう。
「そうじゃなかったら、こんなツライことを、明にはお願いしないよ……」

戻る時間と戻らない時間

「やった~!!
 弘毅との時間がたっぷりとれる可能性が、増えてきた~!」
目の前で歓喜に震える明を見ているとこっちの頬が緩む。
大学入学試験の最終模擬試験結果発表日。
私は、明と一緒に模試結果をカフェで見ていた。

模試の結果表の判定は、A判定。
その結果に私の頬も緩む。
まあ、柄でもないので、そんなことはしないが。
明にとっては、チャレンジだった。
英語に特化したその大学は、試験科目の中にコミュニケーション(オーラル)が含まれる。

明は過去に短期留学した際の経験を最大限に活用し、A判定をもぎ取ったのだ。
まあ、私の持てる知識を持って受験勉強のアドバイスをしてきたのだから、一安心というに越したことはないだろう。
だが、まだ本番までは気が抜けない。
明は、そのことをわかっているのだろうかと心配になる。

「ほらほら!! A判定だよ!! 
 弘毅とこれで、ずっと一緒いれる可能性が高くなったよ!!」
カフェに響くような大きな声を上げながら、明が身体ごと寄せてくる。
近い……、近いんだよ……。
それにここには一般のお客さんだって……。

満面の笑みで結果表を私に突き付ける彼女にこれ以上のコトバを続けることが私にはできなかった……。
「ん~!! これで、弘毅のお嫁さんに、また一歩、近づいたね!」
彼女は、イタズラに「ニシシ……」と笑う。

「おい! なんて今、言った? 俺、そんなこと一言も……」
その一言は、雪が降りはじめた世間を柔らかく溶かすようだった……。

―――――――――――――――――――――
ピピピピピピピピピピピピーーーーー。

ああ、朝だ……。
毎朝、私から至高の時間をはぎ取る電子音が今日も寸分狂わず、仕事をまっとうする。
私は、右足を布団に突っ込んだまま、右手で電子音の発信源のアタマを軽くタップする。
また、無為な一日がはじまる。

だが、そんな一日が少しだけ、色づいてきていることを私は感じる。
肌色の罫線の中に泳ぐ私の思考とコトバ達は、いつからか、私の癒しになっていた。
それまでは発泡酒を流し込み、疲れなのか、気絶なのかわからないままに、倒れ込んでいたのだが、今では、「書き、疲れ、寝る」という状況に陥っている。

あまりにも理解不能。
これまでの私では想像だにできなかった毎日を送っている。
だが。
ムカつくのはこの電子音をまき散らすコイツと、命を懸けた仕事だ。

そもそも……、私は仕事に命を懸け、取り組む必要があるのだろうか……?

くだらない仕事で命を落としてしまっては、明との想い出の作品が綴れなくなってしまうではないか……。
今、私が書いている中で明は、生きている。
私の腕の中で、指の先で、明は、生き生きと躍動している。
仕事で私が命を落とすことになってしまったら、明はどうなってしまうのであろうか?

命を懸けて仕事をする必要はない。
そんなことを私は考えはじめていた……。

#創作大賞2024
#お仕事小説部門

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