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【衝撃】権力の濫用、政治腐敗を描く映画『コレクティブ』は他人事じゃない。「国家の嘘」を監視せよ

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「国家の腐敗」をここまでまざまざと見せつける現実もそうそうないだろう。ルーマニアの悲劇は、他人事じゃない

映画には、市民によるデモの場面で、

スポーツ新聞史上最大の調査報道だ

と叫ぶ男性の姿が映し出される。

映画では、『ガゼタ』誌が国家の恐ろしい腐敗を暴き出していくのだが、どうもこの新聞は「スポーツ紙」であるようだ。外国の新聞と日本の新聞を同列に比較して良いものかはよく分からないが、とりあえず『ガゼタ』誌は、「朝日新聞」や「読売新聞」のような存在ではないということなのだろう。

そんな新聞が、ルーマニアを、そして諸外国さえも驚愕させる大スクープを放った、という点も、この映画の非常に興味深いポイントだと言える。

『ガゼタ』誌が暴き出した衝撃の真実

この映画で明らかになるのは、次のような真実だ。

病院に納入されていた消毒液が、工場出荷時点で10倍に希釈されており、病院ではその消毒液をさらに過度に薄めて使っていた

何故このような不祥事が発覚したのか。それは2015年10月30日、映画のタイトルにもなっている「コレクティブ」というライブハウスで起こった火災がきっかけだ。ライブハウスには出入り口が一箇所しかなく、逃げ惑う人々が折り重なって倒れたこともあり、この火災による死者は27名、怪我人180名という大惨事となってしまった。

しかしそれだけでは終わらない。この火災を生き延びた者たちは病院に入院することになったのだが、4ヶ月の間になんと37名が病院で命を落としたのだ。保健省は、「最高の医療を提供したことに間違いない」「医療に不備などなかった」と明言した。しかし、調査に乗り出した『ガゼタ』誌が、情報提供者の協力もあり、驚愕の事実に辿り着く。ルーマニアで消毒液を製造する会社「ヘキシ・ファーマ」が、製品に表示された数値より10倍も薄めた消毒液を病院に納入していたことが判明したのだ。しかもそれだけではない。病院はその10倍薄められた消毒液を、「節約」のために規定よりも過度に薄めて使用していたのである。

そんな消毒液がまともに機能するはずもない。

調査の結果、火災で一命を取り留めながら病院で命を落とした者は、緑膿菌による院内感染が原因だと判明した。緑膿菌は、健常者が感染しても発病しないが、免疫力が低下した者が感染すると緑膿菌感染症を引き起こす。恐らく、正しく消毒が行われていれば、彼らの命が失われることはなかっただろう。

このように本作は、ルーマニアの医療の衝撃の実態を暴き出す驚愕のドキュメンタリー映画である……と言いたいところだが、実はそうではない。ここまで説明した「医療の腐敗」は、映画のかなり冒頭で早々と明らかにされるのだ。つまり、「事実をいかに暴き出すか」を描く映画ではない。『ガゼタ』誌とドキュメンタリー映画の制作陣の闘いは、ある意味で、「消毒液の希釈」というスクープを放ってから始まったのだ。

『ガゼタ』誌の一連の報道を受けて、国内でデモや反対運動が激化し、やがて政権を担う社会民主党が退陣を迫られることとなった。調査の結果、「一企業の不祥事」というレベルの問題ではないことが明らかになったからだ。そして次の選挙までの間、「無党派の実務家」がトップに就き、政治の実務を担うこととなった。実情を知ることになった彼らは、その腐敗っぷりに驚かされる。「国家の体を成していない」と言っていいほど、酷い有様だったのだ。そんな凄まじい「政治腐敗」が描かれていく。

しかしこの点さえも、「本当に描きたかったこと」ではないと私は感じた。その理由は、この映画のラストにある。ルーマニアは選挙の日を迎え、国民投票が実施されたのだが、なんと、長年に渡り腐敗政治を続けてきたことで一度は退陣に追い込まれた社会民主党の「圧勝」という結果に終わったのだ。

この点にこそ、映画制作者たちの「諦念」「憤り」を感じた。

「社会民主党が国家運営を担うことを大多数の国民が支持している現実」を目の前にして、「もはや自浄作用は期待できない」と考えたのだろう。ルーマニアの現実を広く世界に問うことで、「ルーマニアの凄まじい腐敗」「自浄作用ではもはや変われない現実」「良心を持つ者もまだいるという事実」をどうにか伝えようと考えたのではないか。私は、それこそがこの映画で伝えたかったことではないかと感じた。

あれだけの不祥事が明らかになったにも拘わらず、なぜ国民は社会民主党を支持するのか

日本でも、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とばかりに、政治家の過去の不祥事などなかったかのように支持を集めることもある。しかしそれとこれとを同列に扱っていいのだろうか? ルーマニアでは、政治の腐敗によって、死ななくてもいい多数の命が喪われてしまったのだ。またそもそも、自分が治療を受ける際、「この消毒液は大丈夫だろうか」「この薬は問題ないのだろうか」と心配しなければならない状況は、私には耐えられない。

そして、そのような国家運営をしていたのが社会民主党だと分かったのだから、普通の感覚なら社会民主党を選ぶはずがない。まして「圧勝」などという状況はあり得ない。

だから、映画を観てこの選挙結果には驚かされた。

「圧勝」の理由は様々にあるのだろうが、映画では社会民主党のこんなマニフェストが紹介されていた。

医療とITに関わる者は、収入に関わらず非課税

この主張が国民にどの程度受け入れられ、また、ルーマニアという国においてどのぐらい実現可能な政策なのか、私にはなんとも分からない。しかし、こんな“アホみたいな”マニフェストを出して圧勝しているのだから、国民に受け入れられたと考えるべきだろうし、実現性も高いと信じられているのではないかと思う。そしてそうだとするなら、「医療がクソでも、非課税ならそれでいい」と考えて投票しているということになるはずだ。

その判断は私にはとても恐ろしく感じられる。

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