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香水びん

香水びんの色や形の美しさ。
どんなものを好むかで、個性がわかる気がする。
大人っぽいシックなものか、可愛らしいものか。
そして、中の香りを想像する。
香りを調合してもらったことはないが、そんな機会があったならと思う。


塩野七生 『小説 イタリア・ルネッサンス4 再び、ヴェネツィア』
が書店に積まれていた。
手に取って、めくってしまう。
「女の香り」という章。
そこには、綺麗な景色が見えてくる。

すぐに読みたい。
これから、電車に乗る予定があるのだ。
手に入れて、すぐに読みだしてしまった。


自分に似合う、好みの香りを調合してもらっていた女性。
そして、それを主人公が覚えているという話を、
うっとりしながら読んだ。

ムラーノ島で作られたガラスの香水びんについての描写。
女性は香水びんも選んでいたと聞き、近いものを頼む主人公。
淡い紅に濃い紅の線が幾本も入っている、ベネチアングラスの香水びん。
選んだ香水びんは、女性『そのもの』に違いない。

ヴェネツィアのタイコ橋ですれ違った婦人の香りが、
失った恋人の香りに似ていたという設定が、悲しくも美しい。
そして、主人公マルコに香水について教えてくれた女の人の話が続く。

「アンブラとサフランまでは定法通りだけど、オリンピア様はそれに杉の香りも加えられた。レバノンの杉といえば地中海を象徴する樹木ですが、この香りまでも加える女の方はほとんどいない。杉の香りだけに、少しばかりにしても男っぽくなってしまうので」

アンブラとは琥珀のことのようだ。
そして、少しばかりにしても男っぽくなるというレバノンの杉を加えた調合の香りを、女らしい香水びんに入れたというところに、描かれた女性の独特のセンスを感じた。

「女だと、もともとある匂いに何か別の匂いを足してあげると、よりステキになるから」

という女性。
香りとは、つける人本来の匂いと合わさって初めてその人独自のものになると教えてくれた女性。


突然、知らない誰かとすれ違った時に漂う香りから、知っている誰かや、何かを思い出すことがある。
共に過ごした時間かも知れない。
懐かしさや、切なさが頭をよぎる経験は、誰しもあるのではないか。


美しい香水びんを誤って落としてしまい、それによって広がった香りに包まれて、大切だった日々を蘇らせた主人公が泣くシーンが出てくる。

香りから、失ってしまった人の言葉や笑顔を思い出すことは、胸が塞がれるような気持ちであろうと想像する。
深い傷も、切なく辛い気持ちもそのままでありながら、それでいて慰められたりすることもあるのだろうか。

だが、亡き人になってしまった後でも、その人を常に身近に感じながら生きる人生もあるのです。

私の人生にとっての女はその人しかいない、という台詞が出てくる。
美しい香水びんとその香りは、その身近に感じるものの象徴なのだろう。


運河、船着場、そして半月形の作りの橋。
この舞台がベネツィアであるというのも、塩野七生ならではの魅力に浸れる要素のひとつなのだが、それにしても浪漫がある。



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