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りんごは赤じゃない

『りんごは赤じゃない 正しいプライドの育て方』
という、この本は2002年5月に発行されている。
再読してみた。
太田惠美子さんという中学校の美術教諭のお話だ。
授業について、生徒が書いている。

美術の中で3年間学んできたことが考えを変え、心を換え、人間を変えてくれました。 

太田先生の美術と出会ってから、今までの小さな世界が一気に吹き飛ばされました。

心が枯れている人たちを少なくするためにも、全国でこの美術の授業を取り入れる学校が広がればいいなあと思います。

美術で「心を育てる」。
とは、どんな内容なのか?
私は、文庫本ではなく、河合隼雄氏絶賛!の帯もついている単行本の方を持っている。

心を込めて美術室を整え、授業を準備して待つ太田先生。

「美術室にも心があるんですよ」
「あなたたちには心がありますね。それと同じように、先生にも、美術室にも、心がある。それなのに、その態度は・・・!ドヤドヤ、ガヤガヤ・・・・。あなたたちは、美術室で待っている先生の心を踏みにじったんですよ」

そのように、生徒に言うところから始まる。
そして、中学二年生には「ヒューマンドリームビジョン」という、歴史上の人物を調べて描く学習がある。
自分の夢、自分の生き方、自分の信念を生徒自身が構築するための授業である。


その中で、
「明るい色彩に込められた悲しみ」
という、ゴッホを選んだ女の子の話が出てくる。
彼女が、ひまわりの茎の部分を絵具で描いていたのを見て、そばを通った太田先生が静かに言う。

「本当にその色でいいの。ゴッホの気持ちをその色で表しきれていると思う?」

(色に口出しするなんて・・・。いつも太田先生は、自由になりなさい。色を心に託すのよって言ってるのに・・・・)と戸惑うのだ。

そして、彼女は悩みながら、『荒れ模様の空に鳥の群れ飛ぶ麦畑』と言う絵を見つける。
(黄色、緑・・・・、ゴッホは明るい色ばかり使っている。なのに、どうして出来上がった絵は暗くて薄気味悪いんだろう)

そして、絵を描き終えた感想は、以下のようなものだ。

「ゴッホ の生き方は、自分の気持ちを大切にして、自分のやりたいことを死ぬまでやってすごいと思いました。私もそんなふうに強く生きたいです。
私は絵を描くことが好きです。ゴッホも絵を描くことが好きです。だけど私はゴッホのような絵は描けないし、ゴッホも私の絵をまねることはできません。人それぞれ違うものを描くというのはその人の個性を表すことができるので素晴らしいことだと思います。私には私にしかできないこともあるし、いろいろな人それぞれにしかできない自分だけの宝物を持っていると思います。その宝物をどれだけ生きているうちに出せるかが大事だと思います。その宝物が生きているうちに光らなくても、いつか誰かが見つけてくれることを信じてがんばりたいです。
ゴッホは生きているうちに数え切れないほどの苦労をたくさん経験して、あんな素敵な絵を描けたんだと思います。だから私もこれからたくさんイヤなことがあると思うけど、負けずに立ちむかって、ゴッホのようにすばらしい人間になりたいです。」


自分にしかできないことがある。それを確信できたとき、本当の意味で先人のプライドに触れたことになる。
この絵をいったん離れても、試行錯誤は続くのだ。

そして『人間を輝かせる「正しいプライド」』
という一文に帰結する。

正しいプライドが育っていくプロセスは、試練をのりこえるための自己決断の連続であり、それを繰り返すことにより「自分らしさ」が明確になり、個人としてのアイデンティティが見えてくる。「自分らしさ」を直視することは、人間として前に進むために不可欠だ。しかしそれは同時に、力のない弱い自分に直面することでもある。そのときに何かをやりとげて認められた経験があれば、自分の弱さを克服する勇気が出る。
自分が何者なのかを自覚すると「私のやりたいことはこれだから、これは必要、これは必要ない」と、物事を即座に判断できるようになる。すると、迷いがなくなり、どんどん行動できる「強さ」が身につく。
こうして、「責任感」「自覚」「自尊心」「観察力」「感受性」「判断力」「探究心」「独創力」が発達し、信念が生まれてくる。それらは社会人となったときに高いプロ意識となり、人間を自分らしく輝かせるのだ。


美術という授業は、ここまで大事なものだったか・・・。
生きる全てのことに繋がっていたのだ。

人と同じものは作れないのだ。
憧れは、モチベーションには繋がるかも知れないけれど。


この中に、もう一ついい話がある。
「ワル」でも美術はさぼらない、という話で、
盗みをしてしまう男の子の話だ。
太田先生との話の中で、子育てに愛情が足りなかったと気づく母親が、
「今からでも遅くないですよ。やり直してあげてください。」と励まされ、
息子が朝、制服を着る時にボタンを止めてあげることを始める話だ。
もう一度、愛情を注ぎ直すのに、中学生の息子の制服ボタンを止める・・・。
しかし、それで彼は救われる。



美術を志すということは、テクニックだけではない。
ただ綺麗な作品が出来ればいいのではない。
「心」をわかるようになること。
あたり前に考えていたことを、忘れそうな時がある。

他人についてとやかくいう人は、自分に自信のない人だ。
自信がないことやコンプレックスに直面しないと、何も変わらないのは真実だ。
「風景構成法」という、アートセラピーの技法では、自分と直面したくない、あるいはできない人は、本当にのっぺらぼうの人間を描いてしまう。

何か言わずにいられないような悔しい時も、自分の好きな何かに打ち込むことで昇華できるのが、絵に関わらず芸術の素晴らしいところだ。
プライドというものが、生きていく上でどんなに大切で、自分を救ってくれるものかを、改めて考えさせてくれる本だ。
美術で「心を育てる」とは、そういうことだった。

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