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看板という母体

新入社員として直属の上司から多くを学べる機会があったことは、今でも大きな財産だと思っている。
当時、その会社の新入社員は4月の入社後に代々木のオリンピックセンターでの研修から始まり、関東にある3つの工場での研修、また会社が持つ球団の観戦を経てから、GW明けに所属部署に配属になるのが慣例だった。

配属になった初日、私よりちょうど2まわり歳上だった上司は、納期ぎりぎりの包装資材の手配中でほとんど話すことができなかった。
広告及び商品企画・パッケージデザインの部署で働く1日目は観察で終わった。
しかし、どんなに忙しくても、メーカーのデザイン部署は終業時間にはおおよその仕事の区切りが見える。それだけはわかっていた。

大学時代にデザインのいくつかのプロダクションでアルバイトをしていたが、バブルが弾ける前のことで、メーカーが夕方に出すデザイン変更の指令が広告代理店に伝わり、夜からプロダクションに降りてきた。
その仕組みに気づいてから、私は卒業したら夕方には仕事を出して帰れる立場にいたいという決意をしたのだった。
アルバイトは、就職前の大事な社会勉強だ。
卒業後、プロダクションで実務経験を積みたいと就職した同級生の多くが、徹夜作業で身体を壊し、実家に戻ったり転職を余儀なくされた。
コンプライアンス問題など、取り上げられる時代でもなかった。
まずは自身の仕事のルーティンから考えないと、使い捨ての歯車のようになると思っていた。

配属2日目に、上司のオリエンテーションがあった。
「昨日は、忙しくて申し訳なかった。
さて、あなたへのお願いは2つ。
ひとつは、3年は必ず続けてほしいということです。
女性の採用は初めてで、僕には予測できないこともある。
ただ、石の上にも3年というでしょう。どんな仕事でも3年間やれば、見えてくるものが必ずあります。
僕は仕事を責任持って教えます。だから、まず3年間はこの仕事を続けて欲しい。
仕事で身につけたことは、必ずその後の人生に役に立ちます。
人との接し方、段取り、優先順位のつけ方、決断力。他にもまだあるよ。

そして、2つ目。会社の看板を背負っていることを忘れないでください。
デザインはチームでやる仕事です。お互いに胸襟を開いて豊かな話ができるようになることは大切だけれど、接待を受けたりすることは謹んでください。それで人生をダメにする人もいるんだよ。
一緒に仕事をしていただく印刷会社や代理店の方たちに、仕事を出す立場だからという驕った態度を取ってはいけない。
印刷立会で夜遅くなるような時にご馳走になる分には仕方ないけれどね。
僕は逆に、みなさんを自宅に招いて一杯やってもらうことにしているくらいです。
これから、会社の名前で会いたい人に会えるとしても、それは個人の力ではないことを忘れないように。」
看板が大きい小さいということではなく、仕事の授受の関係性の話だ。

この2つを約束して、私は10年部下として仕事を教えていただいた。
周りが気持ちの良い人ばかりだったのは、上司の築きあげた実績によるもので、そのおかげで大事にしてもらえたことを、今でも感謝している。
他の会社の方も、厳しく優しく娘のように教えてくださった。
それこそ、看板のおかげと上司の庇護のもとで得られたことだ。
「明日、急だけれど行って来て。」
と夕方言われ、次の日のお昼にはソウルにいたこともあった。
20代で様々な経験をさせてもらい、大失敗もした。
そんな時も、全ては上司である私の責任だ、と後ろ盾になって仕事をさせてくれる方に出会えたことは幸せだった。
後に勤めた大手小売業のブランドマネジメントの部署で、失敗のなすりつけ合いを見た時には、心底がっかりしたものだ。
処理の仕方や、最後の落とし所は品性に関わる。
今でも、大きなショッピングモールに行くと思い出す。
お互いの信頼で仕事をすることの大切さを思った。


介護や子育てを経て仕事を再開した時、時間の流れが遅く感じたものだ。
あのスピード感が懐かしい。
もどかしく感じたこともある。
きびきびと動く、あの状態が好きだった。
打てば響く環境が、どこにでもあるわけではないと思い知った。
定年退職後のゆっくりした速度の掴めなさを、早く体験した感じだろうか。


しかし、ここへ来てコロナのために働き方が大きく変わり、すでに会社という母体の解釈も違うものになるかも知れないと感じていた。
看板を背負う、もしくはあてにする時代ではなくなって、それをひとつの足掛かりとして、自分の価値観で飛び出す方も多いはずだ。

私は、twitterで今井夢告堂さんをフォローしている。
毎日、勉強になる投稿を読ませていただいている。
(以下は、今井夢告堂さんのtwitterから引用)

中年男性の夢分析を沢山行ってきた。
管理職として軍隊の軍曹的上司か又は物わかりの良い上司かという二つの態度しか取れなくて困惑していた。彼らのテーマは、母なる企業との臍の緒を切って、父性を身につけて変容することでした。ポストコロナ禍は、男性が父性を身につける時代になると思う。

昔と違いコンプライアンスも整い、企業の中で期待される役割(もしくは演じなければならない役割)を置いて、本来の自分として狩りに出るようなイメージを持った。
年功序列ではなく実力主義になって久しいし、SNSで個人の力量が生かせる時代になった。アピールの仕方、影響力が格段に上がっている。
コロナ禍で、看板の意味が大きく変わるのだろう。
自分の看板を掴みに行くのか。


書くこと、描くことを続けていきたいと思います。