56.理屈ではない優しさ。ウラジオストクにて。#日々のあれこれ
ふとした時、「誰にも会いたくないなぁ」と思うことが、日常生活の中に私はたくさんあります。
例えば、職場に向かう電車の中や、誰かに会いに行く道中の道端、家路につく途中でさえ、ふと、立ち止まって空を見上げ、そう思うことがあります。
別に、同僚や、友人、恋人、家族、彼らのことが嫌いであるわけではありません。
彼らとは、それなりに上手くいっているし、人前で笑顔を作ったり、誰かを笑わせたりすることは難しくはないのです。
ただ、1人ポツンとどこかに取り残されたような気持ちになります。
私がはじめて、このような気持ちを憶えたのは、中学生になった頃くらいでしょうか。
周りには手の届くものがたくさんあって、夢や時間もたくさんありましたが、それでも、ふと1人悲しくなる時がたくさんありました。
当時は、この感情に対して、理解が追いつかず、周りのせいにしてみて、気持ちをなだめてみました。
しかし、実際に、手の届く距離にあったものを1つずつ、何かのせいにして、目の前から失くしては、また1人悲しい気持ちになるのでした。
そして、1人になってみると、そこにあったものに対して、心の中には確かに「失った」という感覚があるのでした。
それから、月日は経ち、学生時代が過ぎ去っても、この気持ちは何だったのか、理解ができないまま大人になりました。
その後、大人になった私は、やりたいこと叶えていく為、さまざまな場所へ旅へ出ました。
ある時、ロシアのウラジオストクを訪れた時のことです。
体調が優れなかった私は、部屋にこもり、眠っていると、そんな私を見兼ねたのか、清掃を担当されていた、年配の女性の方が部屋に入ってきました。
突然の物音で起こされるなり、ロシア語で話しかけられて、何を言っているかわからなかったのですが、拙い英語で「Coffee time」と声をかけてくれました。
ホテルのロビーに出ると、コーヒーとお菓子がたくさん置いてありました。
周りを見ると、席にはすでに、先客がおり、ロシア語で私を招き入れてくれました。
それから、彼女たちは、仲間うちでロシア語で会話を始め、私は何を話してるのか、わからない会話を聞きながら、温かいコーヒーを飲み、お菓子を食べると、何だか優しい気持ちになりました。
最終日には、空港まで、タクシーを呼んでもらい、運転士も到着して、チェックアウトの時間だというにも関わらず、彼らは私に朝食を食べさせてくれました。
おまけに、タクシーの運転士も女性の方で、待っていてくれたにも関わらず、朝焼けの綺麗な場所で車を止めて景色を見せてくれました。
はじめは意味がわからず、戸惑っていると、彼女はGoogle翻訳で、「私の好きな場所」と教えてくれました。
このウラジオストク旅を終えて、優しさとは言葉ではないのだなと思いはじめました。
それから月日が流れ、また1人で「誰にも会いたくないなぁ」と悲しくなった時がありました。
そんな時にふと、あの時のウラジオストクでの出来事を思い出したのです。
そして、やっと、私に足りないものは「優しさ」だということに気がついたのです。
それは誰かのことを思いやったり、気を使うことだけではなく、ウラジオストクにて、彼女たちに捧げてもらったような、理屈ではないところにある優しさであり、何より自分自身に対しても同じです。
例えば、悲しくなったり、疲れたりした時には、あの時のように、身体に温かいコーヒーを入れてみたり、甘いお菓子で囲って、日常生活に憩うための時間を与えてみることで、私の場合は、少しずつ心に余裕が生まれてきました。
話を戻すと、つまり、「誰にも会いたくないなぁ」と思うような時は、頑張りすぎず、無理はしなくていいのです。
ただ、自分自身のことを私自身が大切にし、心が休めるような、優しくなれる時間を過ごしてみることが大事なのです。
そうは言うものの、冒頭で述べたとおり、未だにそのような気持ちを抱えることはありますが、今では、すっかり気持ちのスイッチを上手く切り替えられるようになりましたとさ。
今日も1日、よく頑張りましたね。
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