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【見えないものを音色に】映画『きみの色』映画レビュー

今回は、2024年公開のアニメ映画『きみの色』を劇場で観賞したのでレビューしてみようと思います。脚本・吉田玲子、監督・山田尚子、音楽・牛尾憲輔というメンバーでの製作とのことで、私が以前観て好きになった映画『聲の形』と同じらしいので、そういった点に興味を抱き視聴することにしました。青春×バンドというもはや鉄板となったテーマをどう描き切ったのかに注目しました。

以下文章ではネタバレを含むため、未視聴の方は注意してください。

観終わった結論としては、何とも爽やかな映画だと思いました。よく言えば爽やかで繊細、悪く言えば淡白であっさりした作品といった印象。ただ、シチュエーション自体はよく見るものですが、いくつか新鮮に感じた部分もありました。例えば、眼鏡の少年・影平ルイがテルミンという楽器を演奏するのですが、こちらはなかなか馴染みのないものかと思います。テルミンには2つのアンテナがついており、そこから別々の周波数を発生させその差がうねりとなり音を発するという仕組みを持っています。世界最古の電子楽器らしく、周波数が発生している空間に手をかざすことで音程の調節をしながら演奏するとのことで、何にも触れず空間で手を動かし音を奏でるという不思議な楽器です。演奏方法も独特ながら、ピアノやギターのように決まった音階もなくモワモワとした特徴的な音が鳴るという唯一無二の楽器らしいです。バンド演奏で使用しているところは観たことがありませんが、この「空間で音を奏でる」様が、見えない感覚を音にするというストーリーにうまくマッチしているように感じました。この楽器を抜擢したセンスに驚きます。

また、学生バンドながら音楽の方向性がテクノ調であったことにも新鮮味を感じました。そもそも3ピースバンドの構成がギター&ボーカル、キーボード、そしてDJ(のようなもの)となっており、演奏するオリジナル曲が電子音のきいたもので、例えるならperfumeのような曲調であったのに驚きました。ただこれも、3人がそれぞれ演奏できる楽器を持ち寄って生まれたサウンドで、決してオーソドックスなわけではない彼らならではの色ということなんでしょう。

本作の主人公は金髪がトレードマークの日暮トツ子で、生まれつき「共感覚」という対象を色で捉えるという感性の持ち主なのですが、正直メインキャラ3人の中でも最もつかみどころがなかった人物でした。というのも彼女の感覚や感性がかなり独特で行動も突発的、一度の観賞で理解するのは難しいのかもしれないと思います。実際周囲の人からはあまり理解されていない描写がされており、トツ子自身もその感性を隠しながら生活しているということで、むしろ理解できない方が多数派なのかもしれません。なぜ彼女がライブ後に自身の色を認識できたのかについて、私は、自分の中に留めていたものを楽曲という形で外の世界に出せたからだと思いましたが、独特な彼女の感じるものですから2度目3度目と映画を観るたびに違った見方をするのかもしれません。

他の2人も胸の内に留めている秘密を抱えています。作永きみは高校を辞めたこと、影平ルイは受験勉強の合間に楽器にいそしんでいたことです。ただ、正直きみの抱えている問題が他と比較しても大きすぎるように思え、作品を観ていてもその問題ばかりに意識が向いていってしまうくらいでした。私はこの作品の本当の主人公が実は彼女なのではないかと思います。彼女は同級生や後輩、先生、保護者から信頼を寄せられる優等生のように扱われていたものの、そう言ったイメージを保ち続けることに疲れ、突発的に退学してしまったという秘密を抱えていました。この優等生という仮面を外せない、という苦悩は現代社会の方々に理解されやすく、共感を集めるものではないかなと思います。また、そういった彼女を優等生としてではなく、綺麗な青色だと独特な感性で見てくれたトツ子の存在がより際立つ形で表現されており、タイトルの「きみ」がわざわざ名前と同じひらがなで書かれているということも、作品内における彼女の存在の大きさを表しているのではないかと思います。作中では基本的に静かでクールだった彼女が、物語ラストのルイの出発のシーンで声が裏返るほど全力で「頑張れ」と3度エールを送るシーンはとても印象的でした。

監督がインタビューで語ってもいたことですが、作品内には嫌な奴が全く登場しません。ひたすら善の部分を描写しています。3人の喧嘩や不和もありませんし、大人はみな子供に寄り添った話をしてくれます。特にシスター日吉子は自身の経験からとにかく生徒を気遣い、庇い、サポートに徹してくれたりと、作品のスタンスを代表したかのようなキャラクターです。そんな展開が本作の爽やかさであり、また淡白さの原因でもあるといえます。ここを肯定的にとらえるのか、それとも退屈ととらえるのかは人それぞれではないかと思います。私はややスローペースの本作に、日光浴を体験しているような感覚を覚えました。特に深い意味はないですし、その時間が何かを生み出すわけでもないのですが、でも生きていくうえであれば良いなと感じるあの時間です。終わればほのかに爽やかさを感じれる、そんな映画の存在も大事ではないかなと思いました。

学園祭でのライブシーンですが、テクノ調の音楽に驚きはしたものの、映像にあまり動きがなく、興奮や感動という感覚はありませんでした。その割に観客の反応が大げさで、観ているこちら側となんとなく気持ちのずれを感じざるを得なかったです。そもそもあれは観客の反応より演奏している3人の心理描写のほうが大事な場面だと思うので、あそこまで観客に焦点を当てる必要性はなかったのかなと思いました。

感想は以上になります。1度の観賞で感動や興奮を感じることはなかったものの、場面ごとに隠された意味や心理描写などで新たな発見がありそうだなとも思える、スルメ系の映画かなといった印象です。ところどころが癖になる映画で、はまる人はとことんはまるだろうと思います。私は、全てが善で構成された優しい世界を描く映画に浸るのもまたいいものかと思います。


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