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初めての…④


酒焼けした声で歓迎するベテランホスト
煙草の匂いがキツイ姐さん
そして、芋っぽい学生の私

姐さんに手を引かれ到着した場所は、午前3時のホストクラブだった。

姐さん『たまにさ、1人で飲みたい時ここに来るのよ。こーゆーのも良いでしょ?』
姐さんは私に向かって言った。

『そうですねぇ!』
咄嗟に言ったが、私の中にはこれ以上の言葉を持ち合わせていない。
言葉に合わせて、私はとにかく良い子を演じた。
恐らくこの辺の呑み屋街では、姐さんは顔の知れた存在なのだろう。

姐さん『ねぇ店長~、覚えてる??私がどれだけ彼らを応援していたか』
姐さんの横に付いた酒焼け声のベテランホストは、この店の店長らしい。

ホスト『もちろんですよ~!すごいですね~!だって今回全国ツアーなんでしょ?!』

きっと以前から、幾度とこの会話はされてきたのだろう。
ホスト店長も、ジャズと程遠い見た目とは裏腹に、彼らの歴史を充分知り尽くしていた。
バンドが結成されたのは最近だが、音楽という厳しい実力の世界では、個々にそれぞれ長い下積み時代があった様だ。



先程から、姐さんの携帯電話が鳴っている。
電話の相手は、バンドのドラムマンの  からだった。
バンドのファンである私としては、秘かに期待をしながら状況を見張った。
数分後、打ち上げ会場の居酒屋からホストクラブへフラフラとHは現れ、私の横にピタリと座った。
Hは姐さんの男ではない事は確かだった。
不思議だが、姐さんがバンドメンバーの誰の彼女にあたるかは、直感ですぐに分かった。

このジャズバンドは、演奏レベルはもちろん、年齢は若くないがビジュアルも申し分ない、若者にジャズ人気が広がる理由がすぐに理解できる。
その中でもHは私より一回り年上だが、バンドメンバーの中では最年少、皆から弟のように可愛がられるキャラクターだった。

Hが合流し乾杯したところで、ホスト店長が私にカラオケを勧めてきた。

私は、カラオケが大嫌いだ。
理由は、音大生というだけで、必ず周りは期待の一言を私に投げかける。
もちろん、この時もだった。

ホスト『音大生なんだ~!そんなの絶対唄上手いじゃ~ん?!』

すかさず、ホスト店長が私へお決まりの言葉を放った。
コミュニケーションの1つとして繰り広げられる、この下り。
きっと私も逆の立場だったら、同じ事を音大生へ言ってしまうのかもしれない。
しかしながら、私はこの下りを既に数百回は言われてきた。
そして、今後の人生も言われ続けるのだろう。
そう思うと、この絡みは私にとって面倒臭さの極みであり、初対面の相手であれば、尚更、相手への気持ちが一瞬にして冷める瞬間でしかなかった。

『あの、私ピアノ科だから唄苦手なんですよぉ~』

使い古したお決まりフレーズを笑顔で返していると、Hが私にマイクを渡してきた。

画面に映し出されたのは井上陽水の「少年時代」だった。

Hと姐さん二人のテンションは、一気に上昇し始め、ここぞとばかりにホスト店長がヨイショし始める。
結局、私たちは4人で1フレーズづつをマイクリレーする事になった。
もちろん、私以外は井上陽水の物真似付きだ。
年上の大人をヨイショし合ったり、冗談と一緒にお酒を飲みかわすこの雰囲気に慣れていない私にとっては、正直だんだん苦しくなってきた。

打ち上げ会場の居酒屋へ戻ってからも、ドラムマンのHは私の横にピタリと座った。

引き続き、飲みの席で気の利いた事も言えない私だったが、とにかくこの場に居る事が、最高の幸せなのだと疑う事はしなかった。



このまま夜が続いてほしいけど…
私と友人は、きっと始発で一緒に帰るのだろう… 
二人になったら、ホストクラブでの出来事を話そう…

私の頭の中は、純粋なユートピアのままだった。

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