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語られない言葉

「昨日元気に過ごしていた人が、今日突然死んでしまう。生きているだけ、自分の夢に挑戦できるだけで幸せだ、という思いが僕のベースにある。
それはあの現場を経験したから。普通の人にはなかなか僕と同じ温度では体感できない」

これは「救急隊員時代に一番印象に残ったことは?」という私の問いに対する、濵崎 侃はまさき なおさんの答えです。

この質問の他にも救急隊員時代のことをいくつか訊いており、濵崎さんから返ってくる言葉は、どれもポジティブなものでした。

「あの頃の経験は人生の宝物です」

「町の人に『ハマちゃん、ありがとな』って言われて、それが仕事になる。こんなに嬉しいことはないです」


取材を終えてひと息ついたとき、ふと疑問が浮かんできました。
「どうして彼は、辛い悲しい出来事を何も語らなかったのだろう」

冒頭の彼の言葉も、私には「どこか聴きなれた、ありふれた言葉」という印象でした。

なぜなら私は、彼の人柄はもちろん「救急隊員からライターに転身した」という経歴にも興味をひかれて、濵崎さんに取材を申し込んだからです。
何か他の人とは違う死生観や経験談を聞けるのではないか、と単純に思っていました。

だから彼の一連の答えに意外さというか、何か物足りなさを感じてしまったのです。

そんな中で唯一濵崎さんが「生と死」について語ったのが、冒頭の言葉でした。

「生きているだけで幸せだ。そう思えるのはあの現場を経験したから。普通の人にはなかなか僕と同じ温度では体感できない」

私は彼の思いを理解したくて、必死に考えました。

濵崎さんは「生と死」という事象を、言葉などではとても言い表せないことを、痛いほど分かっているのだろう。
言い表せないから、臨場感を与えることはできない。だから一般の人にはどうしても分からない。
でも、本当は分かってほしいと彼は思っている。

『生きているだけで幸せ』という言葉は、彼が語れる精一杯の言葉であり、一番伝えたいことだったのではないか。

大切な言葉は多くの人が語り続けるから、新鮮さを失い、人はその意味を考えなくなる。

でも本当はありふれた言葉にこそ「大切な真実」があって、それを見つけ出せるかは聴く側の姿勢次第なんだ。

濵崎さんが語ったたくさんの言葉と、語られなかった言葉から、私はとても大事なことを教えてもらいました。


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