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小さな夢

※上は前回の短編集です。リンクしています。



【短編小説】


 教員の朝は早い。7時半には学校に到着。そこから1日の準備を始める。部活の朝練習を見るときなどは6時半着だ。通勤時間すらもったいないので、勤め先の近くへと引っ越した。不覚にも2年前、体調を崩して休職した。復職してからは慎重に張り切りすぎないよう、自分と上手く向き合いながら、私は今日も教壇へと就く。

(あ~、忙しい、忙しい)

授業が終われば、また次の授業の準備。職員会議や保護者会。教材研究と上げればキリがない。

宇都木うつぎ先生。張り切りすぎないようにしてくださいね」

いつも心配してくれる陸上部顧問の佐々木ささき先生が声をかけてくれる。

「ありがとうございます。もうこんな時間。今日は夕方、部活に顔を出さないと」

部活の副顧問もしており、土日もなかなか休めない。

(はぁ~~。私って、このままの生活で結婚できるのかしら)

気づけば28歳。周りもボチボチ結婚を機に退職や育児休暇をしており、自分自身を振り返りたくなる時はいくらでもある。しかし、それを忘れるぐらい夢中になることがある。

「「「こんにちはー!!!」」」

剣道場へと入れば生徒たちの元気な声が今日も聞ける。

「イャーー!! メーーン!!!」
「メンー! メンー!!!」
「メン! メン!! メン!!!」

ピシピシッと竹刀と竹刀が交じり合う音。この時は少しだけ現実を忘れることができる。総武学園そうぶがくえん高校剣道部の副顧問になって早5年。去年より女子の剣道部を任されてから指導する機会も増えた。

青木あおき!!」
「はいっ!!!」

自分なりに気づいたことを身振り手振り、生徒が混乱しないよう手短に伝える。私も剣道具を身に着け、生徒と一緒に稽古に励む。もちろん負けるつもりはない。

「メーーン!!!」

バシンと自分なりの誠意を伝える為にも、生徒相手に一切手は抜かない。

「「「ありがとうございました!!!」」」

午後6時。夕方の部活動の時間が終了する。着替えて直ぐに帰宅したいが、部員のメンタル面など、調子が悪そうな生徒には声をかける。働き方改革やらで午後7時までには強制的に門を出なければならない。

(ひゃ~~。帰ってからも仕事だな)

家に帰ると母と兄が来てくれていた。

琴音ことね。忙しいのはわかるけど、無理しちゃダメよ」
「そうだぞ。また倒れたりでもしたら、生徒が悲しむぞ」

いい歳した私のことを気づかってくれる家族の存在がありがたい。

「うん。ありがとう。助かるよ」

お風呂もそこそこに、今日1日の仕事を終わらせた。

(終わった~。ってもうこんな時間。また明日もすぐ来ちゃう)

仕事は大変だ。学生時代と違って責任もあるし、なにより私は教職の道を歩んだ。子供たちの未来を預かる人間だ。

「琴音。仕事、大変そうだな。結婚を機に寿退社でもしたらどうだ」

気づかってくれるのは嬉しいが、兄のこう言ったデリカシーのないところは少し嫌いだ。

「いいの。辞めるつもりはない。なんだかんだで充実している。それに相手もいない。わかって言ってるでしょ」

ブスッと文句を言うも、本音だ。私の生徒たちが高校3年間で成長して巣立っていく姿を見るのは、教員冥利につきる。

「体力はあるつもり」

そんなことを言って一度倒れてしまったので、説得力はない。でも、家族ならこういった話もできる。

「それに、ちょっとした夢もあるの。……まだまだだけどね」

最後の方は聞こえなかったのか、母も兄も今の言葉には反応しなかった。

(一度でいいから、生徒と見てみたいのよね。全国の舞台を)

幼い頃より剣道を始めて、それは大学まで続けた。学生時代は全国には程遠い成績だったが、県で上位まで勝ち進んだことはあるし、剣道を通じて様々な人と出会ってきた。高校時代より教員になりたいと思い大学も出た。想いが通じて縁があり、今の総武学園高校へと赴任した。顧問の大徳千十郎だいとくせんじゅうろう先生の推薦もあり、今の副顧問の立場で今度は生徒を指導している。

「試合も近いから、部活にも熱が入っているの」

赴任してからの当初は慣れなくて、戸惑うことも多かった。だが、最近は少しずつ周りも見渡せるようになった。特に部活に関わっていると、そこに青春をかける生徒の思いは常に熱く伝わる。泣き、笑い、感動して、私も生徒と一緒に成長する。そんな日常。女子は古豪と呼ばれる総武学園高校の剣道部。ここ数年は都内でもベスト16止まり。春に行われる関東高等学校剣道大会にも出場からは遠ざかっている。

(まだまだよね。総武学園うちの高校も)

もうすぐ冬も終わり、また春がやってくる。今年はどんな生徒が入部してくるのだろう。どんな総武学園剣道部になるのだろう。去年より数名は声をかけてきたが、実際は春にならないとわからない。

(今から楽しみね)

今はまだ小さな夢。いつか生徒と一緒に実現したい。学生時代より憧れた全国大会への夢。今度は指導者として、私は目標にしている。


                 (了)

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