宿敵への挑戦
※上は前回の短編集です。リンクしています。
【短編小説】
追い込まれた。残り時間もあと数秒。
(……くそっ!! こんなところで!!!)
仕掛ける。
ガッ!ピシッ!カシャン!
冷静に見切られ、反撃を受ける。
(1本取っているのに、まだ攻めるのか!!)
ダン!ダダンッ!ドンッ!!
カッ!カカッ!カシンッ!!
辛うじて防ぐ。
(……っ!! 時間が!!!)
ピィィィーーーーー。
無情にも会場に試合終了のブザーが鳴る。
(……くっそ!!!)
私の1本負け。まさかの都大会個人戦ベスト4。優勝だけを狙って、中学最後の大会に挑んだ。あろうことか決勝にも進むことができず、全中出場権も逃した。
「……藤咲、剣道にはこういうこともある。それを知って、お前は強くなる」
最後に監督から言われた言葉は頭に入らなった。準決勝で負けた。相手は石館中学の雪代響子。中学3年間で幾度となく戦った相手。都大会は雪代か私の2強だ。しかし、ここ2年間は全く雪代に勝てていない。
(どうしてだ……)
私は剣道で日本一になるのを幼少より夢見た。そして、私にはその実力がある。小学生では全国大会2位。中学生でもこの大会で全中に出るのを目標にしてきた。それが、最後は都大会で3位。
(なぜだ……。なぜ私と雪代の差は広がった)
雪代に初めて会ったのは小学5年の時。都大会で相まみえたが、私が勝った。以降、大会で当たれば私が優勢で勝利を収める。だが相対した時、嫌な感覚が常につきまとう。対戦したことがある奴は感じただろうか。『間』の取り方が絶妙で、雪代の空間に捕らわれる時は、いつも1本取られる。動き、力、背格好も大体同じ。差があるとすれば『間』以外にない。剣道は間合いで勝負が決まる。その『間』を制するために、日々厳しい稽古を積み重ねる。
「莉桜。約束だ。都大会で優勝できなかったお前を、武蔵女子学院に入学させるわけにはいかない」
父より聞かされた勧告。わかってはいたが、ショックだった。武蔵女子学院高校は、剣道の名門校だ。一流剣士は誰もが焦がれ、そこでレギュラーを取り、全国に名を轟かせる。来年には自分がそこにいるのを疑っていなかった。自信があった。それが、雪代との対戦で崩された。
(くっそっ……。なぜだ。あの時、もっと恐れず仕掛けていけば)
終わって後悔しても遅い。悔やんでも悔やみきれない敗戦。周りも私が雪代に負けると予想していたようだ。
(おのれ! 雪代響子!! 許さん!! 次会った時、お前のその面、小手、胴を叩き切ってくれる!!)
はらわたが煮えくり返る思いも、しばらくは治まらなかった。中学最後の大会が終わっても、私に『引退』の文字はない。日々鍛錬を積み重ね、より高みを目指す。主将の座は後輩へと引き継がれたが、江戸川第五中学剣道部元主将として、背中で後輩を引っ張る。
「右手の絞りが甘いぞ!! もっと手首を意識しろ!!!」
都大会での敗戦からピリついていたのか、後輩が委縮するような指導は慎めと監督に注意される。夏休みに入る前に進路相談の話を何度も重ねるが、武蔵女子学院への進路を絶たれた私は、内心どうでも良くなっていた。
「藤咲! 職員室へ来い。面会希望の先生方が来訪されている」
最近はこの手の話が多い。強豪高校からのお誘いだ。
(ふん。どうせ、決まって自分の高校の長所を述べるだけだ。それで、私を捕まえて、その学校の剣道部の知名度を上げようと考えているだけだろう)
くだらない。名門たる武蔵女子学院高校以外は、そんな高校だと割り切っていた。しかし、この日は少しばかり様子が違った。2人の先生から名刺を渡される。
(総武学園高校? 都内の中堅どころのレベルじゃないか)
2人の先生方と目を合わせる。
「どうも。こんにちは。藤咲莉桜さん。はじめまして。総武学園高校顧問の大徳千十郎です」
「副顧問の宇津木琴音です」
軽く会釈をして。自己紹介をする。
「藤咲さん。この間の都大会の試合。見させてもらいました。真っすぐで、力強く、熱の入った剣道ですね」
副顧問の宇都木先生が話し始める。
(どうせ、この後、うちに来ませんか? って言うんでしょ)
しかし、私が思っていたこととは全然違う言葉が出てきた。
「今まで剣道やってて、辛くない? 窮屈じゃない?」
(……はっ?)
この人は何を言ってるんだ。練習は厳しく、辛いものだ。勝たなければならないプレッシャーは半端なく、吐きそうなことは幾度とあった。
「剣道は……。辛くて、きつくて、窮屈なものです。それ以外、ありません……」
その答えを見透かしていたように宇都木先生は言う。
「都内で屈指の実力を持つ、藤咲さんと雪代さん。レベル的にどちらが勝ってもおかしくない。でも、藤咲さんの剣道はとても窮屈に見えた」
(さっきから何を言っているんだ。この人は)
「自分で自分のことを締めている。そこが雪代さんと、藤咲さんの差だと、見ていて思ったわ」
てっきり、私の力を見据えてのスカウトかと思ったが、初っ端から宇都木先生とやらはダメ出しをしてきた。
「なにが言いたいんですか?」
言われて冷静になっていられるほど、私はまだ大人ではない。雪代に負けたことを思い出し、だんだんとイライラもピークへと昇ってくる。
「その窮屈さがなくなった時、藤咲さんは雪代さんに勝てると思ったの」
ニコッと笑顔でほほ笑まれたので、急に私の熱も冷めた。
(なんだ、この人。剣道していないのに、今、たしかに1本取られたような感じに……)
「おぉ。うん。さすがだね。琴音先生の言葉の思いを、瞬時に理解したようだね」
大徳先生という人が、わかっていたような展開に納得する。不思議な人だ。今までの勧誘とはまるで違う。私に頭を下げて、自分の所へ来るよう、先生方も必死に説得する。そんな対応ではなく、私の気づいていない『なにか』を見抜き、そして諭す。
「……総武学園高校って、どんな所なんですか」
自然に言葉が出た。今までは聞いたこともないような中堅クラスの高校。しかし、煮詰まっていた私の剣道の楔が少しだけ解けたような感じがした。私は夏休みを利用して、総武学園高校の剣道部を体験しに行った。
(やっている練習内容は基本的なことの繰り返し。だが……)
部の雰囲気というか、中学生の私が一緒に練習しても自然と部が一体となる『なにか』がある。それは気が抜けているとか、怠けているとかではもちろんない。
「この子強ーい!」
「本当。私らじゃ相手になんないー」
「どこの中学だっけ?」
練習の合間には部員同士のコミュニケーション。休憩中は笑顔で話す部員も多い。
(なんだ、この剣道部。これで良く強さを維持していられるな。中堅レベルだけど……)
時に厳しい声が宇都木先生から飛んでくる。しかし、部員も迷うことなく返事を返す。終わってみれば仲間同士が笑っている。なんの縁か、気づけば2学期が始まるギリギリまで、私は総武学園高校にお邪魔していた。
「……すみません。生意気なことばかり言って。お邪魔ばかりして」
そんな気遣いは無用だと今ならわかる。
(もしかしたら、今なら雪代響子に勝てるかもしれないな)
たしかな自信がそこにあった。躾に厳しい私の両親も、総武学園高校の練習に参加してからは、厳しい指摘も減ったような気がする。
「そろそろ2学期も始まるわね。藤咲さん。私との地稽古は来年の春までお預けにしましょう」
美人な宇都木先生の言葉は、私のすべてを見透かしているようで。
「宇都木先生。来年ここで、総武学園剣道部員として、雪代響子を倒しますよ」
それが何を意味するのか、私と宇津木先生の間に、これ以上の言葉は不要だった。
(了)
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