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夢やぶれて、その先へ

※上は前回の短編集です。リンクしています。



【短編小説】


 昔から、おとなしい子と言われてきた。幼少の頃から本ばかり読んで、家の中で過ごす。外で遊ぶことなどほとんどなかった。当然、友達なんかもいやしない。わたしは1人でいる子だ。学校でも浮いていた。小学3~4年の時はクラスメイトにはからかわれ、女子からは陰湿なイジメに遭う。

日野ひのって存在感ないよね~」
「何考えているかわからないし」
「話かけても反応うすいしさぁ」

最初は気にしていなかった。でもそれはだんだんエスカレートしていき、そのうち靴を隠されたり、教科書を捨てられたり、大事にしていたペンケースは壊された。言おうにも、誰に何を、どう言えば良いかがわからない。一度だけ親と先生に相談したが、話は有耶無耶に流され終わってしまった。

(……学校行くの、いやだなぁ)

そんなことを毎日考えては、学校に行く足も遠ざかる。小学4年生になっても日常のイジメが変わることはない。わたしの我慢も限界に近づいていた。そんなある日。

ガッシャーーン!!

わたしを標的にしていた3人の女子に、1人の女の子が机を思いっきり蹴飛ばした。周りも何事かと注目を集めた。

「てめーーら!! いいかげんにしろよ!!! 毎日毎日寄ってたかって、いつもの弱い者イジメか? あっ!? 気分がわりーったらありゃしねぇ!!」

言われた3人の女子も食い下がり、つかみ合いのケンカになるが、その子は定規で腕や頭やお腹を叩き、そして3人とも泣かせてしまった。暴力は良くない。だけど、なぜかその動きが綺麗で、わたしは少し見とれてしまった。

「いてーか? おい? でもこいつはな、いつもいつもお前らの、せこい嫌がらせに耐えてんだよ。そしてな、見てるこっちもたまには暴れたくなるんだよ!!」

なおも3人に攻撃しようとするので、さすがに他の生徒が間に入った。立場逆転の完全な弱い者イジメ。ただし1対3だが。

「いいか、てめーら! よく覚えとけ!! 二度とあたしの前でコソコソくだらねぇ、嫌がらせすんじゃねぇ!! 次は定規じゃなく『竹刀』でぶっ叩くからな!!!」

完全な悪者。しかし、その出来事は、わたしの中でなにかが弾けた。その時、初めて八神蓮夏やがみれんかのことを知った。その出来事がきっかけで、わたしは後日、勇気を出して話しかけた。

「あの……。この間は、……ありがとう。……その、あの時、定規の動き、どうやるの?」

これが精いっぱいの言葉だった。

「あん? あー、小手打ちに面打ち、それと胴を突いたっけ?」

聞きなれない言葉が出てくる。そして。

「……剣、道?」

彼女は幼稚園の頃より、剣道道場に通っては毎日鍛錬を積んでいるようだった。先日の一件が大々的な問題になり、1か月ほど道場を出禁になったようだが、ようやく最近になり許しが出たらしい。

「興味あるなら、お前も来る? ……えっと、わるい、名前がさ、たしか、『日野』だったよな?」

影の薄いわたしはクラスメイトにもあまり認知されていない。

「うん……日野。日野古都梨ひのことり

わたしは、そんな昔のことを思い出しながら、ゆっくり抱き寄せた蓮夏の頭を撫でる。

「ッ……うっせっ。……いまは。……ほっとけ」

蓮夏と一緒に私立の入江いりえ中学剣道部で3年間頑張ってきた。一緒に全中に出ようと。しかし、都内で最強と言われている石館いしだて中学の雪代響子ゆきしろきょうこに蓮夏は初戦で負けてしまった。

(雪代響子は、わたしが倒すよ)

そうつぶやき、試合場へと戻る。蓮夏に比べるとわたしは実力も、実績もない。ただ、この日は調子が良く、個人戦でベスト16まで勝ち上がることが出来た。

(あと1つ勝てば、雪代響子と試合ができる)

ベスト8決めの大事な一戦。勝てば次は雪代響子と当たるはずだった。しかし、ここで負けてしまった。蓮夏と一緒に全中に行く夢も宙ぶらりんになりながら、中学最後の大会は終わってしまった。

(あ~ぁ。……一緒に全中行けるようにって、お祈りもしたのにな)

部活を引退して数日後、更にショックなことをわたしは聞いた。

「ねぇ、聞いた。高等部の安藤あんどう先生が辞めるって」
「うんうん。それで、八神先輩は進路変えるって」
「えー、まじぃ。八神先輩いなきゃ高等部絶対ヤバいじゃん」

入江高校は来年から顧問が変わるらしい。それは仕方ないことだと思ったが、それよりも蓮夏が総武学園そうぶがくえん高校のスポーツ推薦の話を受けたらしい。

(そっか。……蓮夏。違う高校行っちゃうんだ。そうだよね。わたしと違って、才能もあるし、全国も狙える選手だし……)

そんなことを考えていたら、ちょうど前から蓮夏がやってきた。

「おぅ。いたいた。古都梨、ちょっと来なよ」

そのまま剣道場へと一緒についていく。

「その…。あたしさ、……やっぱ、剣道まだまだなんだよな。それで、さ。一昨日、総武学園高校から推薦の話もらって……」

言いずらそうに話す蓮夏を見て、胸が痛む。

「そこの先生がさ、宇津木うつぎ先生って言うんだけど、あたしの剣道褒めてくれて、高校で一緒にインターハイ行こうって……」

髪をサッサと撫でて、なかなか目を合わせてくれない。

「古都梨と、入江高校で全国行くつもりだったけど……」

そこで言葉が切れる。

「……うん」

その言葉で、わたしは決めた。

「ねぇ、蓮夏。一緒に全国に行く夢、終わってないよ。まだ始まったばかりじゃん」

そんな言葉を聞くとは思っていなかったようで、蓮夏は拍子抜けした顔をする。

「推薦じゃなくても総武学園は行けるよね? 今日からわたしの勉強に付き合ってよ! あ、地頭じゃあ蓮夏よりわたしの方がずっと上か」

嫌みったらしく、笑って見せた。

「このやろー!」

そう言いながらも、蓮夏は嬉しそうにわたしの肩を抱き寄せる。高校で今度こそ一緒にインターハイへ行く。新たな夢を持って、翌春、わたしは総武学園高校に合格した。


                 (了)

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