短編小説1
依頼の成仏を終え、私たちは岐路に足を向けた。
あれは確かに依頼主の夫の亡骸であった。
しかし、所長は真実を告げなかった。
「なぜあの時を告げなかったのですか。彼女、きっといつになっても、夫を探し続けますよ」
所長は深いため息をつきながら言った。
「お前、知らないのか。この災害で沢山の人が亡くなった。真っ黒に焦げた死体や泥まみれの水死体、それと同じくらい自殺で亡くなったような死体も多くある。時と場合によっては、真実を知ることが彼らの傷を広げることになるだろう。今、俺たちができるのは安心させることだ。そのためには真実を少し曇らせる必要がある。」
所長の言葉に、私は理解を示すように頷いた。時には真実を隠すことが人々の心を優しく包み込むことになるかもしれないと思った。
震災から三か月。依頼は多くなるばかりだ。ある時、猛狒(たけひひ)というものが訪ねてきた。彼はどこにでもいる普通の大学生のように見えた。しかし彼はどこががおかしかった。
猛狒がトイレに行ったとき、私は所長の方を見た。彼は焦っていた。それはもう、いままで見たことのない青ざめた顔になっていた。
こんな顔初めて見た。もっと色々な顔を知りたい。
そう思った私は体調不良を理由にして、早退し、そのままインドに向かった。なぜならインドに行ったら沢山の人がいるから沢山の人の顔を見られるからだ。
そこにはいろいろな人のいろいろな表情があった。
しあわせ。
しかし、所長の周りには確実にしわよせが寄っていた。
インドに居住して3年が経った。インドの人口の約9割である12億人の表情を見ることができた。残りの1割の人の表情が見れないのは心が痛いが、私は日本に戻ることにした。
事務所に戻ると、所長が笑顔で迎えてくれた。すると、猛狒がトイレから戻ってきた。実に3年ぶりだった。3年ぶりぶりしていたということだろうか。
私は驚愕した。これではまるで、まるで自分が自分でないみたいではないか。
そう思った私はフィリピンに行くことにした。なぜなら、フィリピンにはバナナがたくさんあるからだ。
フィリピンに着いた。私は毎日バナナを食べた。
しかし、ここに来てから2年、事件は起こった。隣のゴリラにバナナを取られてしまったのだ。私は必死に追いかける、だが追いつかない。バナナは諦めて日本に帰ることにした。
そうして、事務所に帰ったのだが、そこに所長の姿がなかった。そこには一匹のゴリラがいた。私は尿意がしたので事務所のトイレに行った。私は驚愕した。
なんと自分自身がゴリラになっていたのだ。
そういうことだったのか。所長があの時焦っていた理由。なんということだ。猛狒は人をゴリラに変える能力者だったのだ。
それに気づくと同時に意識までもがゴリラに変わっていった。
「気づいたようだな」
背後から声が聞こえた。
瞬間、私の中から言葉が消えた。
わたしはもう、ゴリラになってきているようだ。
どうか、わたしがゴリラになってしまっても、バナナだけはまいにちください。
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