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映画『サントメール ある被告』アリス・ディオップ監督:「私」の存在がおびやかされる時

最近(といっても10年以上?)のフランス映画はハリウッド的なエンタメ要素も強くて見やすくて、その中でも社会問題を扱った割と骨太のいい作品もあったが、この映画は別格ではないだろうか。少なくとも社会的テーマを扱ったシリアスな映画としては数十年に1本といえる質の高さだと思う。

フランス北部の海辺の町サントメールで、生後15カ月の娘を死亡させた容疑によりセネガル出身のロランスが裁判にかけられる。作家のラマは新作の取材のためその裁判を傍聴しに行く。裁判に来ていたロランスの母親と知り合ったラマは妊娠していることを言い当てられーー。

実話を基に、実際の裁判記録の発言をせりふにしているという。監督はドキュメンタリー映画でデビューしたセネガル系のフランスの人で、本作が初の長編劇映画。本作で2022年のヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞した。

正確なフランス語で矛盾に満ちた証言をするロランス。周囲の人から「知的」と形容される彼女は、なぜ「呪い」のために子どもは死んだと言うのか?

大学で学ぶためにフランスに移住後、故郷に帰ればフランス的とされ疎外感を覚え、フランスでも父親に経済的援助を打ち切られて学業を中断せざるを得ず、親と同世代の白人で既婚のフランス男性と同棲し妊娠したロランス。妊娠を隠し自宅で出産後も家に引きこもっていたロランス。

ロランスの弁護人も裁判官も女性だが白人であり、検察官は白人の男性だ。(選出され裁判に参加する市民たちも白人だ)

日本でも追い詰められた女性が子を死なせてしまう痛ましい事件があるが、本作では味方の誰もいない「女性」で「母親」であることに加え、黒人、移民であることがテーマとして描かれる。

ロランスがフランス(「ロランス」と「フランス」は音が少し近いのはもしかして意図的?)で通った大学の教員は裁判で「アフリカの女性が20世紀ヨーロッパの哲学者であるウィトゲンシュタインを研究しようとするなんて変だ、もっと自分に身近な研究対象を選べばいいのに」といった発言をする。このせりふはあからさまに差別的だが(このシーンではこの教員に一瞬殺意すら覚えてしまった)、取り調べでロランスに供述させた人物(白人男性)が「この殺人には文化的な背景があるのでは」などという話を持ち出すのも偏見と差別的意識に満ちている(これも十分あからさまか)。

西洋の論理でのみ解釈しようとするのも、西洋の論理とはまったく異質の理屈で動いているのだろうと憶測することも、両方暴力だ。

ロランスと母親、ラマと母親、そしてロランスとその子ども、ラマとその(これから生まれてくる)子どもの関係も大きなテーマになっているが、完璧なフランス語を話す立派な人間になれと教育しウォロフ語を話すことを禁じたロランスの母親を含め、誰もロランスのことを見ていない、考えていないようだ。弁護人が最終弁論でロランスは(娘ではなく)ロランス自身を隠していたと語るが、ロランスはロランスとして存在できなくなっていたのだろう。親からも大学からも故郷からも移住先からも何らかの役割を当てはめられ、そこに母親としての役割も付け加わる。唯一頼りにするしかない男性からも、社会に対して「隠される」。

弁護人の最終弁論の内容は、通常なら「やり過ぎ」と思いそうなものだが、そこまでの展開の積み重ねや、カメラを真っすぐ見つめる弁護人の顔をアップでずっと映すという演出により、ほぼ素直に聞けてしまう。その話を聞きながら涙ぐむ裁判官も、演出のし過ぎとはあまり思えない。

この映画は、感情的になりがちなテーマを、抑制した、しかし同時に寄り添った視点で描き出している。ぜひ多くの人に見てほしい。(移民と呼ばれる若者たちの動きが報道されている今、特に、かもしれない。今だけではない問題だが)

ロランスの境遇を知ったラマは、避けていた自身の母親がなぜそういう人なのかに思い至り、向き合おうとする。親から子へ何が受け継がれていくのか、悪循環は自分の人生を生きようとすることで断ち切れるのか。このラストに希望を見いだしたい。(しかし、フランス社会やほかの西ヨーロッパ諸国の人種差別等の問題は非常に深刻で、ますます悪化しているようだ)

作品情報

2022年製作/123分/G/フランス
原題:Saint Omer
配給:トランスフォーマー

監督:アリス・ディオップ
製作:トゥフィク・アヤディ、クリストフ・バラル
脚本:アリス・ディオップ、アムリタ・ダビッド、マリー・ンディアイ
撮影:クレール・マトン
美術:アナ・ル・ムエル
衣装:アニー・メルザ・ティブルス
編集:アムリタ・ダビッド

ラマ役:カイジ・カガメ
ロランス・コリー役:ガスラジー・マランダ
裁判官役::バレリー・ドレビル
ヴォードネ役:オレリア・プティ
リュック・デュモンテ役:グザビエ・マリー
検察官役:ロベール・カンタレラ
オディール・ディアッタ役:サリマタ・カマテ
アドリアン役:トマ・ドゥ・プルケリ
ラマの母親役:アダマ・ディアロ・タンバ
ラマの姉妹役:マリアム・ディオップ
ラマの姉妹役:ダド・ディオップ

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