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「HUMAN.」ファビュラ・コレクティブ:文学が題材の質が高いイギリス発の新作ダンス公演(新国立劇場)

日本出身でイギリスで学び舞台美術・衣装デザインを手掛ける塚本行子さんが2019年にクリエイティブ・ディレクターとして設立したファビュラ・コレクティブ(Fabula Collective)のトリプル・ビル来日公演が東京の新国立劇場で2日間行われた。

2019年に東京のセルリアンタワー能楽堂で上演されたファビュラ・コレクティブの「Elevation-昇華」が気になっていたものの見られなかったので、今回初めてファビュラ・コレクティブの舞台を見た。

演目は、『マクベス夫人』『Everything Would Be Nonsense』『ドリアン・グレイ』の3作品。

『マクベス夫人』はシェイクスピアの戯曲『マクベス』に登場する主人公の妻を描く。『Everything Would Be Nonsense』はルイス・キャロル作の児童文学『不思議の国のアリス』の「お茶会」の場面が題材だ。『ドリアン・グレイ』はオスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』の主人公の人生がテーマ。

すべて新作、世界初演で、音楽も本作のために作曲されたオリジナル楽曲。3作とも文学を原作とし、「狂気」がテーマだという。

『マクベス夫人』クリストファー・マーニー振付

シェイクスピアの四大悲劇の一つ『マクベス』の主人公の妻、マクベス夫人は、夫が王位に就くために現国王を暗殺することを強く夫に勧め、殺害の後に凶器の剣を現場に置き忘れた夫の代わりに剣を取り戻しに行き、その後殺しを重ねて死者の姿が見えるようになってしまった夫より気丈に振る舞っていたが、最後には気が狂い自死してしまう役だ。

冒頭、暗闇の舞台中央に据えられた大きな赤い玉座の背後からまずは手が、そしてマクベス夫人を踊るバレエダンサーのチラ・ロビンソンが姿を現し、この作品は期待できると察せられた。

マクベスに殺された、スコットランド王ダンカンと親友バンクォーの亡霊役だという男性ダンサー2人が、交互にマクベス夫人とデュオを踊る。

男性ダンサーが黒っぽい衣装で剣(ナイフ)を持って動き、それにマクベス夫人が引き付けられ付いていく演出が面白い。

玉座の座面に布が張られ、隙間から物を通せるようになっており、背後からダンサーの手が現れたり、前面から背面へと巨大なベールのような布を引き込ませたりする演出も恐怖をあおり効果的だった。

2人の男性ダンサーが両手に持っていた、お香の匂いがする道具は、キリスト教の振り香炉をイメージしたものだろうか?マクベス夫人が神に祈る場面もあった。ダンスの舞台で香りが漂ってくることは予測していなかったので、強烈な印象が残る。

ロビンソンはトゥシューズを履き、現代的なバレエの動きが多いが、終盤では叫び声を上げる。その直後に彼女の体の下から大きな赤い布が男性ダンサーによって勢いよく引き出される。赤は血を表しているのだろう。マクベス夫人の自死の血であり、同時に、原作に子のいない彼女が赤ん坊に言及するせりふがあるため、(幻想としての)出産も連想した。

ロビンソンはとてもドラマチック(演劇的)で、物語世界とマクベス夫人の心情が存分に表現されていた。身体のスタイルが美しく、体の線の見せ方などもきれい。

彼女はイギリスのバレエカンパニー、バレエ・ブラック(Ballet Black)の団員だという。このカンパニーは黒人やアジア系のダンサーから成るということで以前から気になっていたので、偶然にも、所属ダンサーの踊りが見られてうれしい。しかし所属に関係なく魅力ある素晴らしい踊り手だった。

ロビンソンは、イギリスのバレエシューズ・メーカー「フリード」が黒人ダンサーの肌の色に合うトゥシューズを製作するきっかけを作ったとのこと。

振付のクリストファー・マーニーは、マシュー・ボーンの『白鳥の湖』で王子役も踊ったダンサーで、最近は振付に専念しているらしい。古今東西舞台化されてきた戯曲に挑戦し、マクベス夫人を主人公とした独創的な作品に仕上げていた。

『Everything Would Be Nonsense』トラヴィス・クローセン=ナイト振付

『Everything Would Be Nonsense』は、「すべてがナンセンスだろう」といった意味か。

ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(Alice's Adventures in Wonderland)の第7章「狂ったお茶会」のシーンには、アリス、帽子屋、三月ウサギ、ネズミの4人(匹)が登場する。ダンス作品には4人の日本人ダンサーが出演し(冨岡さんは父親がイギリス人でイギリス育ち)、シンプルな灰色っぽいテーブルの周囲に集い、踊る。

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John Tenniel, Public domain, via Wikimedia Commons

物語の内容を踊るのではなく、4人の関係性、緊張感、歩み寄り、融和、反発、不信、安心といった感情の交錯が身体で表現されていると思う。

その場で動きが生まれているかのようなダンサー間の反応が素晴らしい。引っ張ったり、そっと触れたり、見つめたり目をそらしたり、「この人たちはどんな関係なのだろう?」と想像が膨らむ。

アリスの夢の世界の住人だから、きっとみんな「変人」。「正常」な人からは「ちょっと変わった、おかしな人」と思われている。でも、自分が「正常」だと思い込んでいる人間は本当に「正常」だろうか?その人たちに「異常」と思われている人は本当に「異常」なのだろうか?「変」とされている者たちが関係を築こうとするとき、何が起こるのか?

男女2人の2組のデュオもそれぞれ個性がありとてもよかった。舞台を赤、青、緑、黄(だったと思う)の色の照明で四角に区切り、その中で各ダンサーが踊り、位置を変えてまた踊る演出は、それぞれ違いのある4人が自分を見つめ、互いの差異に直面し、交わろうとするかのようだった。

ダンサーたちは、オーディションで選ばれた、テクニックの優れた若手ダンサーたちだ。普段一緒に活動している人たちではないと思うが、そういうダンサーたちがイギリスで活動する振付家と出会って集い、本作が出来上がったことを喜びたい。

『ドリアン・グレイ』ジェームズ・ペット振付

振付のジェームズ・ペットがタイトルロールを踊り、共演は『Everything Would Be Nonsense』を振り付けたトラヴィス・クローセン=ナイト。2人は長い付き合いの友人だという。2人ともカンパニー ウェイン マクレガーの団員だった。

冒頭、ドリアンを演じるペットにトラヴィス・クローセン=ナイトが白いジャケットを着させる。ドリアンが人から影響を受け、変わっていく様子を暗示しているのだろうか。終盤でジャケットを脱ぎ、また着る場面が出てくる。元の自分に戻ろうとしたが戻れなかった、ということなのかもしれない。

暗闇の中に一瞬明かりが灯り、ダンサーが浮かび上がる演出は『マクベス夫人』にも使われていた。舞台上に円を作る白い照明を舞台前面に横に並べて光の幕を作り、その幕が舞台後方に少しずつ移動して、ドリアンがその幕に追いつめられるかのように後退していくシーンが面白かった。本作では特に照明の効果が絶大だった。

ペットのダンスが素晴らしい。踊りはもちろん、感情の移り変わりが見事に表現されていた。小規模の劇場なので、顔の表情まで見られるのはありがたかった。身体の力強さとテクニックの確かさがあり、それでいて弱さ、ためらい、絶望をも表す。両極端が共存しているのが魅力的だ。

トラヴィス・クローセン=ナイトは場面によって異なる複数の人物を演じたということだが、2人の踊りは、多くの場合、愛の交感のようだった。かなりセクシーである。

ラストで何度か暗転し、音楽が途切れるのは、ドリアンが「終わり」に近づくのをうまく表現していて、見ていて感情が高まった。

クラシックっぽかったり電子的だったりする音楽も、物語の移り変わりに寄り添い、作品を盛り上げていた。

ほんの数十分の作品だったはずなのに、2時間の映画のような見応えがあった。もっともっと見ていたかった。ほかの2作品もだが、ぜひ再演を重ねてほしい。

ペットは写真よりも実物の方がかっこよかった(!)

Q&Aセッション

『マクベス夫人』の振付クリストファー・マーニーと主演チラ・ロビンソン、『Everything Would Be Nonsense』振付と『ドリアン・グレイ』出演のトラヴィス・クローセン=ナイト、『ドリアン・グレイ』振付と主演のジェームズ・ペットの4人が、終演後、Q&Aセッションに登場。(アナウンサーによる司会、日本語・英語の通訳)

感想や質問がある観客は、開演前に配布されたパンフレットに添えられていた紙に、終演後、Q&Aセッションの準備時間中に書き、スタッフに渡す。セッション中は、その紙から選ばれた一部の感想や質問が読み上げられた。

ロビンソンが、「何週間もかけて作り上げたのに、たった3公演で、明日にはもう帰国してしまう」と言っていたが、イギリスの感覚では、2日間・3公演は極端に少ないだろう。日本でも公演数として少ないが、コンテンポラリーダンスの公演ではそういうパターンが多い。

以下、お話の一部を紹介する。今後、3公演のQ&Aセッションの動画を公開する予定があると言っていたので、楽しみに待ちたい。

ジェームズ・ペット:「3公演の中で今日の『ドリアン・グレイ』はいちばんよかった」

クリストファー・マーニー:「意識的にいろいろな場所に行き、いろいろな作品やダンサーと関わるようにしてきた。同じダンスにばかり触れることにならないように」

チラ・ロビンソン:「正直に言って、有色人種のバレエダンサーが日本の観客に受け入れられるかと心配もしていた。しかし、日本では芸術への理解が深く、そうした懸念を超えて、『マクベス夫人』を楽しんでもらえたと感じている」

トラヴィス・クローセン=ナイト:「国籍やテクニックより、人間性(humanity)が大事。人間性がテクニックに表れ、人間性を私と探求したいという熱意を持っているダンサーをオーディションで選んだ。参加してくれた4人のダンサーは素晴らしく、機会があればまたぜひ一緒に作品を作りたい。(私とダンサーたちが使う)言語は違うが、ダンスは身体表現なので、通じ合える」

ペット:「『ドリアン・グレイの肖像』は19世紀末の小説だが、人間同士の関係は現代や私自身と通じるところがある。そこから真実味を引き出せるとよいと思った。軸としては「3部作(trilogy)」「三角(triangle)」を据えた。人は混乱状態に置かれることがあるが、そこから人を救うのは、愛や親切心、優しさなのではないか」

トラヴィス・クローセン=ナイト:「コロナ禍で舞台芸術が危機にさらされる中、その芸術を成り立たせ、守る責任を、観客である皆さんは負っている」

作品の文学性といいダンサーの踊りといいパンフレットの作りといい終演後のトークといい、さまざまな意味で「イギリス」を感じる公演だった。ファビュラ・コレクティブはワークショップなどダンサーへの教育活動も行っており、今後も新作の発表など意欲的な活動を期待している。

作品情報

「HUMAN.」
ファビュラ・コレクティブ/Fabula Collective

公演日時:2021年8月28日(土)19:00、8月29日(日)12:00、8月29日(日)17:00
(公演時間:約70~80分)

会場:新国立劇場 小劇場

演目:

『マクベス夫人(Lady Macbeth)』(初演)
振付:クリストファー・マーニー(Christopher Marney)
出演:チラ・ロビンソン(Cira Robinson)、バリー・ドラモンド(Barry Drummond)、マーク・サマラス(Mark Samaras)
作曲:ジョナサン・エミリアン・ヘック(Jonathan Emilian Heck)
デザイナー:ナタリー・ジャクソン(Natalie Jackson)

『Everything Would Be Nonsense』(初演)
振付:トラヴィス・クローセン=ナイト(Travis Clausen-Knight)
出演:岩瀬斗羽、富岡カイ、加藤美羽、土田貴好
作曲:サイモン・マッコリー(Simon McCorry)
コスチュームアドバイザー:塚本行子
コスチュームメーカー:菅谷圭

『ドリアン・グレイ(Dorian Gray)』(初演)
振付:ジェームズ・ペット(James Pett)
ドラマトゥルク:ベン・ルイス(Ben Lewis)
出演:ジェームズ・ペット、トラヴィス・クローセン=ナイト
作曲:ショーン・ペット(Sean Pett)
スタイリスト:塚本行子


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