見出し画像

「ラバーソウル」6|SF短編小説に挑む#6

エピローグ↓(読んでいない方はこちらから)

愛が力学化された世界とシュレディンガーの猫②

”多世界上映イベント”の帰路は人でごった返しになっていたが、その集まりは縦横に綺麗な列を作って整理整頓されていた。とても嫌な感じがある集まりだ。この社会は規則と規範に則り各々を尊重し、エゴというものを捨てた成れの果ての姿である。
高橋は人の流れを慎重に読み取り、はみ出さないようにしてそれに従い、家へと帰った。

21世紀後半の認知革命と技術革新により、人類はAI(人工知能)をあらゆる側面で社会に融合させた。多くのことがAIに取って変わり、人類は”人間”本来の活動に専念するようになった。“人間”本来の活動には、「個性」と「独創性」と「自由」という言葉が散々に並べられて、意味をなしていなかった。つまり好き勝手、ということである。
生活基盤は生産性の高い良質な労働と、良質な衣食住、さらには良質な娯楽が重要となった。

良質な娯楽は芸術として評価され、様々な芸術が生まれた。その分、何にでも芸術に結びつける不届者も多く生まれた。“人間”は芸術と言う言葉に酔っているようだった。

高橋は家に着き、自分専用にカスタマイズしたAIに話しかけてそれを起動させた。
ここで呼んでいるAI(人工知能)の正式名称は、「Artificial Intelligence as aPerson:AIaaP」というサービスのことである。AIaaPは「エーイアープ」と始めは呼ばれていたが、その呼びにくさとセンスの悪さから結局は「AI(人工知能)」という呼び方に総称された。
なのでここでも「AIaaP=AI」ということで話を進めよう。名前などどうでもいいのだ。

このAIの最大の特徴は、人の感情というプロセスの特徴を抽出、分析、学習することで感情に近い”何か”(多くの文献でも”Something”という単語で纏められている)を動的に生成し、あらゆる環境に適応していく機械学習プログラムを持つことである。
つまり何にでも使えるということだ。

なぜここで技術的な側面を話しているかと言うと、それは「意子ヒューマリティ」が前提とされているからだ。
高橋には「意子」が発生しないとされている。だが、彼はAIを使いこなすことができる。それは彼が意子共振器の開発コードを理解しているからである。

高橋はエンジニアであった。それも天才と言っていいほどの開発者である。
彼はAIの学習過程をプログラムによって擬似的にシミュレーションとして学習させることで、自分専用のモデルとして確立させていたのだ。より彼に合うようにカスタマイジングされたそれは、今では彼の秘書として欠かせない存在になっていた。
彼はその秘書に、「カナデ」という名前を与えた。

「こんばんは、カナデさん。僕宛の連絡で大事そうなものを読み上げてくれないかな?」
高橋は独り言のように部屋に向かって話しかけた。
「おかえりなさい。分かったわ。大事そうな連絡は5通あるわ。会社からが3件、この前会った友人から1件、それと仕事の依頼が1件よ。どれから読み上げようかしら?」
「仕事の依頼? 少しペースが早すぎないか?」
「そうね。いつもよりは早いわね。じゃあそれから聞く?」
「そうだね、頼むよ」

AIは部屋のマイクロスピーカーによって、部屋全体に行渡っている。高橋は玄関からリビング、書斎へと移動しながらAIと会話をしていた。

「今回の依頼は、少し前に作った共振器の改修にバグかあったみたいね。内容から判断して、おそらく上限値の設定が1つ前の規格になっていたんだわ」
「1つ前の規格?」
「そうよ。既にあの規格は改版されているみたい。設計した時は問題なかったから、その後に規格が変更されたのよ」
「やれやれ。これじゃ幾ら作っても追いつかないじゃないか」
「仕方がないわよ。今の技術は変化が激しいから」

高橋はため息をついて、その依頼をとてもめんどくさく思った。
「その依頼連絡に、コード管理システムのURLは貼ってあるかい?」
「貼ってあるわ。ちょっと待ってね、変更箇所を私のほうで調べてみるわね」

高橋にとって、彼女は良きパートナーであった。彼の考えを理解し、彼が聞きたいことや、やりたいことやりたくないことを適切に判断してくれる。彼が自分仕様に設計したのだから当たり前ではあるが。

「変更箇所の洗い出しが終わったわ。簡単ね。こっちで直してお繰り返しておくわ」
「ありがとう、助かるよ」
「あと、他の連絡はどうする?」
「いや、今日は止めておくよ。また明日の朝にでも尋ねるよ」
「分かったわ」

高橋は書斎のバーチャルPCを起動しようとしていたが、やはりめんどくさくなってベッドに寝っ転がった。
彼は今日出会った猫のことを思い出していた。
シュレディンガーの猫

シュレディンガーの猫と言えば、物理界では最も有名な思考実験だ。それと何か関係あるのか? それとも何かの比喩だろうか?
高橋は突然であった”非日常”に対して、ひどく混乱していた。

「ねえカエデさん、今日可笑しなことがあったんだ」
「何かしら、聞いてみたいわ」
「今日の上映イベントの帰り道に変な猫に出会ったんだ。そいつは僕に話しかけてきたんだ。人の言葉を話す猫なんて変だろう? それに、自分のことをシュレディンガーの猫と呼んでいたんだ。」
「シュレディンガーの猫…。その猫はもしかして、青猫で二股のしっぽを持っていなかった?」
「よく分かったね、まさしくそんな感じだったよ」

AIは少しの間沈黙した。まるで何かを考えているように。それも感情のような”何か”の成せる業なのだろうか。

「あなた、大丈夫なの? 何か変なところはない?」
「なんとも無いと思うけど、急にどうしたって言うんだい?」
「その猫、ある界隈では有名なのよ。二股しっぽの青猫がどこからともなく突然現れて、突然消えてしまうって噂よ。そして、それを見た者はみんな精神がおかしくなってしまう。おかしくなった人はみんな、口を揃えてこう言うの、シュレディンガーの猫を見た、と」
「やめてくれよ、ただの噂だろう?」
高橋は彼女の言葉をあまり真に受けておらず、ベッドで寝がえりを打った。

「確かに君の言った通りの猫を僕は見たよ。でも今のところ何の以上も無いんだ。精神に異常をきたすなんて、ただの噂だよ」
「そうね、そうかもしれないわね」
そう言って彼女はくすっと笑った。

「今日はひどく疲れたんだ、だからもう寝るよ」
「分かったわ。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
ぷつっという通信が切れる音が部屋に響き、高橋はそのまま深い眠りに落ちた。

「猫じゃない、シュレディンガーの猫だと言っただろう?」
赤のような青色をした二股しっぽの猫が窓の床板をぱつんと叩いた。

愛が力学化された世界とシュレディンガーの猫②(完)

二◯二四二月
Mr.羊

この記事が参加している募集

宇宙SF

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?