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[短編小説]リアルライフゲーム 【中編】


LIFE 5 南風みなみ

あくる朝の土曜日。早川とのデートだ。
昨日は、あの後家に帰ってからは頭が冴え切ってしまって3時過ぎまで寝れなくなっていた。

今日ああなるのかー…。
顔を洗って鏡で自分の顔を見て、寝不足だけど寝起きの顔じゃなかった。
困ったような神妙な顔をしる私の眉間に皺が寄っていたから、むにむにと指先でつまんで元に戻した。時計に目をやると家を出る時間が迫っていたので、慌ててメイクをし始める。

昨日のビジョンが鮮明に思い出される。
今日は早川に告白されるらしい。
そして、その時の私の返答で先の未来が大きく変わることになる…!

こんな先の結果がわかってるデートに行くなんて初めて過ぎて、何着ていけばいいのかわからなくなっていた。
鏡をふと見ると、いつもの自分じゃないみたいだった。
わたしは…誰なんだろう??という変な感覚がした。
昨日見たビジョンのわたしは、別人のようなわたしが多かった。
突然の不思議体験の連続に感覚が麻痺してるような気もしてるから、とりあえず自分のテンションが上がるスタイルがよく見えるモノトーンAラインワンピを選んだ。
これは戦闘服だ。念の為に髪もちょっと巻いて防御力が上がりそうなアクセサリーもつけておこう。


「みーちゃん。お留守番よろしくね。」
愛猫のラグドールのみーちゃんの頭と首をなでなでするとニャーンと小さな声で頭をすりすり擦りつけながら見送ってくれた。ふわふわの温もりに癒されて家を出た。

待ち合わせ場所は、六本木。
公開したての人気ゲームの3Dアニメが観たいとのことで行くことになった。
マーケティング強い早川くんらしいな。ちゃんとチェックしてて偉いワンコだ。
中目黒で乗り換えて、待ち合わせの11時に間に合うように戦場デートに向かった。

「お待たせ」
「おっはよ、俺も今きたとこ」
朝の六本木はだいぶ夜の気配がまだ抜けてないのだけど、早川くんのだいぶ爽やかな空気でその場だけが浄化してるようだった。こやつできる。
映画館へ向かい、チケットを発券して売店でアイスコーヒーとキャラメルポップコーンを買って席へ着いた。

「やっぱ混んでるな〜若い子多い」
館内に入ると距離がグッと近くなるから、ちょっと距離感にドギマギし始めるわたし。
異性として意識するよりも、わたしは早川くんの一挙一動気になってきていて、明らかにテンパリながら変な汗かいておかしな感じになりつつあった。

「どうしたんすか?寝不足?」
席に着いた途端、横からにゅっと顔を覗き込まれて目玉と心臓が飛び出そうになった。
「ぅわぁ!?だっ、大丈夫…たぶん」
「昨日飲み過ぎ?寝てたら起こすから」
と、ちょい力強い言い方にどきっとしてしまった。
「あ、りがと」
暗くてよかったなぁ、と思うほど頬が赤くなるのがわかった。
ワンコなのに押しは強いね。あはは。
ギャップでかいなぁ…映画に集中しよう。

映画を見終わって、ほどなくして少し遅いランチへ。
陽の光の中で彼を見ることはあんまりなかったんだけど、日差しを浴びた早川くんはキラキラとして白い肌が更に透き通って見えて、女子より綺麗なのでは?と思うほどだった。
少しぼんやり見惚れてたら、その視線に気づいたのか
「なに??俺の顔になんかついてる?」とすっとぼけた。
お前ほどのイケメンがそういうこと言いながら私の前に回り込んで顔を近づけてきた。ふいに目が合った途端、グッと強い視線送ってくるからドキっとしてしまった。
そしてそのままキスをしようとしてきた。
「ちょ、いきなりそーゆーことすんのやめて」
顔に手を当てて押し返した。
「え?そーゆーことするって何〜?」
ニヤニヤしながらこちらの様子を伺ってる。

この犬…完全に楽しんでやがる…!畜生。
これは罪だな。お前みたいなイケメンがやったらその辺の女子大体卒倒するっつの。
早川くん、本気出してきたな。

というより、本性か。
これからが正念場だ。

六本木のオフィス街にあるいかにも女子が好きそうな雰囲気の良いフレンチレストランで少し遅めのランチをして、その後近くのカフェでコーヒーを勝って公園を散歩しながらいろいろな話をした。
早川くんは職種的には社交的なプランナーなので女子の心を掴むのが上手い。女の子を飽きさせないような配慮と、流れるような話術。
気づけば夕暮れ時が近づいていた。

たまにしか会ってなかったからデートすると見えなかったところがじゃんじゃん出てくる。
もしかして、結構いい男なのでは早川くん。
チャラそうに見えて一途系なのかもしれない。
しかし…今日の私は一味違うのだ。
早川くんは、モテ男 オブ モテ男だからな。

「ねぇ、早川ファンクラブあるのって知ってる?」
「はぁぁ??何それ」
「知らないとかすっとぼけてる〜」
「いや、俺そういうの興味ないって」
「とか言っちゃって、ほんとは意識してんでしょ?」
「全く。俺ファンサとかできない人間だって」
「詩織さんにふられて自暴自棄か…かわいそうなやつだな、あはは」

あっちのペースにはさせないスタンスでガンガン攻めてみる。
恋愛相談をしてくる関係なんて、何か裏があるんじゃないかと今なら思える。
明らかに私の態度が自分に向いてないのをわかってきたのか、ワンコの顔色曇り始める。

「なんで私をデートに誘ったの?」
間髪いれず聞いてみた。

「え?そりゃ…ずっと気になってたから。」
「気になる…????」
「仲田さんと付き合う前から」

…!
きた。

「成海さん、俺と付き合ってくれない?」

きたー!!!!!!!!!!!
本当に昨日みたビジョンのままだった。
本当に予知夢だったんだ、すごい。

「は、早川くん…。」
「あー、今返事しなくていいよ。俺のことそういう対象としてみてないでしょ?」
「う、ううーん?というか、社内恋愛がめんどくさい。。。」
「それだけ?」
グっと真剣な眼差しで私を見る早川くん。
今にも泣きそうな顔してる…ぐぅ。。。
この展開弱いなぁ、私。
でも…私の未来のためにここで自分の素直な気持ちを伝えないと…!

「嫌いじゃないなら、お試しで付き合わない?」
「おためし?」
「そ、グレーってこと。デートしながら俺のこと知っていって、受け入れられそうなら付き合ってよ」

!!?!?

この展開ビジョンにない。
あれれ?未来変わったの?
なんで?一瞬で????
現実と未来ビジョンとの差と、イケメンに告白されている状況且つここは屋外…
目の前がぐるぐる回ってテンパってきた。

私は…どうしたい?
返答に困ってると、いきなり右手を掴まれてグイっと引き寄せられた。
そして、早川くんの胸元にダイブして抱きしめられてしまった。

「あ、あう…は、ややかわくん…」
「ちょっと黙ってて」
ギュっと後ろに回した少し強く腕に力を込めてくる。
身長20cm差の早川くんの首元に顔を埋める体制になってしまって、あわあわと収集つかない私の腕はしばらくしてから、ストンと少し細い腰に手を回してしまった。

あ。。。いいにおい。
香水じゃないな、これ。
早川くんの匂いかな?
なんか落ち着く…

公衆の面前で抱き合ってるのにも関わらず、落ち着いてきてしまった。
私、大丈夫か?

「ずっとこうしたかった」

イケメンにしか許されないセリフNo.1なのではないか?と心の中でこっそりと呟いてみた。
そして、この気持ちが伝わってくる感じ。
なんだろう。ほわほわしてあったかいな。
この人うそついてないと感じた。
ドキドキしながら顔を見ようと見上げようとしたら、切なそうな目をした早川くんにキスされてしまった。

不覚にも、私は許してしまったのであった。
相手の気持ちに絆されて。
自分の気持ちを蔑ろにしたまま。

「好きだよ」
ちょっぴり泣きそうな笑顔で素直な気持ちを伝えてくる早川くん。
なんだかキラキラと輝いているように見えた。

ドキドキが鳴り止まない私は、
「うん…」と言って俯いた。
完全に相手の本気な気持ちに気圧されてしまった。
そして、手を繋ぎながら公園を出た。

こうして、ちゃんと自分の気持ちを伝えようとしていた筈の私の未来パラレルワールドは少しだけ、方向が変わった。


LIFE 6 灰色の犬

早川くんとグレーな関係になってしまった。

どうしてこうなった?と思い返しても、自分が犬に負けたんやとしか言えなかった。
でもさ、負けるって何???
グレーってなに??!!?!

あんな熱っぽい声色で攻めてくる方があかんと思うのや。
なぜか関西弁になってしまうくらい熱くなってしまっている自分も、最早なんやねんってなってる。
自分のせいなのにな。言い訳がましいな、私。
元彼に未練タラタラじゃなかったのか?ええ?
押し問答もなく呆気なく押し流されてしまったという感じではある。

あのデートの後?いや、前からだな。
ワンコは変わってしまったのよ。
そして何故、ビジョンが変わってしまったのか。
あの衝撃のビジョンは全くもって起こりうる未来ではないってこと?

もう何がなんだかわからない…!

昨日の帰り際の早川はまだまだ全然、一緒に居たそうだった。
だけど、わたしの気持ちが全くもって自分が納得いってないので、くぅーんと見上げるような子犬目を見ないように無理矢理帰った。
あのまま流されてたら絶対お泊まりコースだったと思う。
あの色男…確実なダークホースだ。怖っ。

飲まれたら負け。飲まれたら負け…!
酒は飲んでも飲まれるなを念仏みたいに唱えていたらスマホが鳴った。
早川くんからだった。

『昨日は楽しかった。またすぐ会いたい』

ぐわーーーーー!!!
スマホをぶん投げてしまった。
あんな色犬見たことねぇよぉ。やめろよぉ。
半泣きで返答しようとするが言葉が全く浮かばない。
でもさ、既読だけついたままじゃワンコの方が泣いちゃうじゃん。

『楽しかったね。また遊び行こうね♡』

限界。
死ぬほど普通な返ししかできん。
♡はいらない気もするけど、つい相手の気持ちを汲んでつけてしまった。

だめだ…私好きじゃない人と付き合えない体質のようだ。
そもそもグレーってなんぞや。
私今まで自分から好きになった人とじゃないと付き合ったことないから、どうやって付き合うのかわからないかもしれない。
頭が爆発しそうなので、あゆみに報告兼ねた相談でもしようか。

「まぁじぃー!?やっぱりあの犬いったか!私が思った通りだったでしょ?」
天下とったかの如くうっきうきのあゆみ。
私は苦虫を潰してしまった時のような顔をした。

「そうだね。。。そしてグレーの付き合い方がわからない」
「そんなのやってから考えな?」
いろいろとオブラートに包まないな、この子。らしいけど。

「してから付き合うの?順番逆じゃない??」
「相性大事でしょーが」
「そうだけどさぁ、やっぱりちゃんと好きになってからの方がいいと思うんだよね。ただしたいだけかもしれないし」
「あんた今いくつよ。もうミドサーでしょ?そんな10代の少女みたいなこと言ってるといつまで経っても彼氏すらできないよ〜?」

眉間を撃ち抜かれてしまった(死)
なんも言えない。。
煙が頭からブスブスとあがりながら視線を落とすわたし。
このまま朽ち果てていくくらいなら、イケメンに絆されていくのも悪くないのかもしれない…!
とりあえず、好意を受けて好きになれたら付き合おう。
うん。そうしよう。

「わかった。とりあえずグレーで付き合ってみる」
「そうしなー!」
台風のようなあゆみとの通話終了。全く清々しいな。心が晴れたわ。

スマホみるとまた早川からメッセがきてる。
『来週も会える?』

ぐしゃりと泥人形のようにベットに倒れ込んだ。
積極的すぎるし、どストレートに気持ちぶつけてくるのなんなん。
あゆみに撃ち抜かれた傷跡を抉るかのようにダメージを負ったわたし。
回復する時間をおくれよ。

ねぇ、わたし、このままあのイケメンに落とされてしまうのでしょうか…!
私にはまだ自分を見つめ直さないといけないのよ。
そうじゃないと…

少し先の私は、暗闇に囚われたままになってしまう。


『ごめん!来週は予定あるから、またの機会に』
さらりとお断りした。
今はそんな気分じゃない。
というか、もう少し考える時間がないとだめだ。

突然すぎる展開の連続で疲弊し切ってしまった私は、海の奥底まで沈むように深い眠りについた。


LIFE 7 乙女の願い

だるさMAXな月曜日。出社するのが本当にしんどい。
あと本当に理由がわからない睡魔に襲われてる。
なにかね?
全く身に覚えがないけど、わたし妊娠でもしたの??

身体が、頭が、働かない。
仕事できないレベル。
今日は帰ろうかな。

「おい。なるみん」
低い声がオフィスに響いた。

「はい、橘部長どうしました?」
「今夜他の部署のみんなと飲むんだけど、一緒にくる?」
「え、いいんですか?行きます!」

死ぬほど眠いけど即答した。
理由は仕事のためのご機嫌とりだ。
小賢しい女だな、私。

飲み会は楽しすぎてあっという間に過ぎてしまった。
憧れのイラストレーターと会わせてくれたのが本当に嬉しくて、終始ニコニコしてしまった。
橘部長は人の心を掴むのが上手い。
だから営業部長を兼ねてるんだと、こういうところは尊敬している。

「なるみん、どう楽しかった?」
ニッコニコのスーパーハイテンション状態のオトメンは無敵に見えた。
帰り際、駅へ向かう方向が一緒だったためオトメン部長と一緒になってしまったのだったが……

この展開、確実にやばい。

「ありがとうございます♡憧れの佐々木さんと話せるなんて思いませんでした。」
「なんだよ、俺は憧れじゃないわけ?」
グッと肩を抱かれてしまった。

「えっと、ぶ、部長〜?」
完全に酔っ払っているようだ。目がトロンとしている。
重た…体重をかけられたまま倒れないよう、ジリジリと避けながら答えた。
「そりゃ憧れてますよ?オ、オラオラ?リードしててかっこいいですし?」
と疑問混じりの曖昧な返答をしてたと思うけど、酔っ払ってるオトメンには全く見えてないらしい。
「ほんと?!そしたら、なるみん朝までカラオケ行こうぜ」

し、しぶとい…!

「部長、すみません。彼氏が心配するんで…帰りますね」
「何ぃ?朝まで付き合ってくれるんじゃないの?」
腰に手を回してくる部長の手つきが怪しい…。

「あの?部長?酔ってますよね?」
「俺さぁ、なるみん初めて見た時からビビビってきてたんだよね」
「は?びび…?」
「いいだろ?」

グイっと顎を引き寄せられてキスされそうになるのを、ギリギリで躱した。
「いっ、やだ、橘部長〜!酔ってますよね?」
グイグイと迫る部長はモードに入っちゃっていて、くっつきたくて仕方ない感じでくっついてくる。

「もぉ…や、めてください!」
ドンっと突き飛ばしてしまった。
「いてぇな…!成海、お前俺の女になるつもりじゃなかったかよ」

絶句。

「え?は??私、彼氏います…けど?」
グレーだけど、と心の中で付け足した。
「はぁ?そいつ誰だよ」

突然全力でキレている橘部長の顔は輩そのもののようで、さっきとは別人みたいで背筋がゾッとした。
獲物を逃した後の雄には逆らわないようにしないと殺られると本能で悟った。

その前に、私がいつ貴方に気があったんでしょうか…?

「わかった。もういい」

部長は振られた腹いせか、自動販売機の横にあったゴミ箱を蹴って去っていった。

……………。
ざわざわと新宿の雑踏の音が聞こえてくる。

こ、これでいいんだよね?
ねぇ?

ねぇ?と聞いてみて周りを見渡したところで、自分しかいないのが少し悲しい。
でも、私が見た未来はこのまま愛人になって出世コースに乗っていた筈だった。
ゲロ甘に甘やかされた挙句、腐りに腐ってしまい人間として終わっていた私。

吐き気がした。
そんな色仕掛けで得た地位も名誉なんて、クソ喰らえだった。

少し前までの私は、自分が無さすぎて相手の気持ち汲んでしまっていた。
多分、宙ぶらりんで空っぽな私だったら、ご主人が差し出す目の前の美味しいご飯に飛びついていた犬だったと思う。

私は、少しだけ
前に進めただろうか?

クビになるかもしれないと正直怖かったけど、自分の意志をちゃんと持つことで拓ける道があるんだな、と実感し始めていた。
その前にセクハラ案件ではあるんだけどね…。
ビジョンを見たことで気持ちを見直すことができたのはきっと…

神様からのプレゼントなんだと思った。

そして、ほんのり顔が浮かんだ。
それは誰の顔?
優しい笑顔。

ふっと肩の力が抜けた途端、溢れる涙。
涙で前が見えなかった。
泣き顔を見られないうように小走りで、小雨の降り出した墨絵で描いたようなグレイッシュな新宿の街並みを駆けていった。



LIFE 8 Navy Blue

その先の展開は予想通りだった。
オトメンの乱の翌日、早速アイドル案件を他の子が担当すると部長から通達があった。
理由はその子の方が適職だからだそうだが、嘘なのがバレバレだった。

非常にわかりやすい態度に呆れ返ってしまった。
私のスキルを見てくれていたんじゃなくて、自分の女にするための出汁だったのが分かって今となっては清々している。

私はどうやら干されたらしい。
前よりもつまらない仕事ばかりが回されるようになった。

しかし、ここでセクハラだなんだと声を挙げたところで何も結末は変わらないだろう。
所詮組織なんてそんなものだ。
人の好き嫌いで成り立っているんだから。
腑は煮えくり返ってはいるけど、ここは何事もせず大人しく引き下がろう。
そんなことに時間を割いてるわけにいかない。

そして、会社での私の居場所はなくなりつつあった。
元々部長のお気に入りの先鋭だけで結束したチームだ。
気に入られないなら即座にお払い箱だ。

会社辞めたいな…。

ふと、そんな感情が湧いてきた。
生きるためだとはいえ、自分がやりたくないことをなぜ無理矢理飲みこまなければならないの?
やりたいことのため?
自分と時間を犠牲にして?

それなら
私はやりたくない。

「え…」
早川くんに耐えきれなくなって、愚痴ってしまった。
「私、会社辞めるかもしれない」

「莉緒さん…俺、まじでむかついてきたわ」
話を聞いた直後、真っ白い顔がさらに青白くなってたワンコは横でワインを一気に飲み干した後、ワナワナと怒りを顕にしてきた。

「俺の莉緒さんになんてことしてんだ、あのタヌキ」
かっこいい台詞なのにタヌキのイメージでちょっと笑ってしまった。
あと、いつから下の名前で呼ばれたんだっけ?
ダブルできゅんとしてしまった。

「早川くん、私も心底むかついてるけどもういいよ。たぶん私が動いても何も変わらないと思うし」
「でも…」
「話聞いてくれてありがとね。こんな話言える人、会社であんまりいないからさ」

すごく心配そうな顔をしている早川くんが私の手をギュっと握ってきた。
「俺、ずっと莉緒さんの味方だから」

あぁこの人は、人の心の痛みがわかるいい奴なんだな。
あったかい。
好きになってくれて嬉しいと思えて、自然と笑みが溢れた。ありがとうね。

でもね、
あの時浮かんだ顔は、貴方じゃないのよ。
変わらない陽だまりみたいなあの笑顔に会いたくなった。

早川くんと駅で別れて家路を急ぐ。
明日は休んで一日好きなことだけしてリフレッシュしよう。

…なんて、無理矢理テンションあげてたせいか1人で歩いてると悔し涙がじわりと溢れてきた。
堰き止めていたネガティブな感情がブワーっと溢れ出てくる。
本当に本当に、私なんて生きてても意味ないんじゃないの?とか私の価値って身体だけなの?とか。

何のために生きてるのかな…
わからないや。

止まらない涙を拭くこともせず下を向きながらコツコツと低いヒールを鳴らして歩いてると、すれ違いざま誰かに腕を掴まれて声をかけられた。

「成海さん!どうしたの、泣いてる…?」
仲田くんだった。
「えへ…また会ったね」

会いたいと思っていたらまた会えたことに驚きつつ、感情大爆発中の私はひどい顔すぎて恥ずかしい気持ちになった。
「あ、ちょっと色々あってさ…。でも、大丈夫だから」
鼻を啜って涙を拭いながら、少し笑ってこう返した。
こんな状況に遭遇してしまったことで仲田くんを困らせているのがわかってしまい、この状況をつっこまれる前に帰ろうとした矢先、見事に突っ込まれた。

「絶対、それ大丈夫じゃないでしょ」
「うぅん、大丈夫。最近涙腺弱くってさぁ、あはは」と誤魔化したが、仲田くんは聞く耳も持たずに道路側でタクシーを呼んで私を押し込めた。

「ちょっと、仲田くん…私、帰るよ」
「今の成海さんそのまま返したら、変な男寄ってきて逆に危ないからだめ」

あれ?こんな強引なキャラだったっけ?
いつもの仲田くんは、相手の気持ちを汲んで絶対にゴリ押ししないキャラだったのに…。
でも、確かに私は帰り道に嫌ってほど変な男が寄ってくるためヤリモクホイホイの異名を持っていて、個人的に終電禁止令を出すほどだった。
ナンパお断りしても着いてきて警察呼ぶレベルだから、周りの人もたまったもんじゃない。これ以上のご迷惑はかけられない…。
何も言えないまま、タクシーで仲田くんの家に到着した。

「で、何があったの?」
どうせ飲むでしょ?と言わんばかりに缶ビールをハイと渡してくるメガネ仲田、やりおる。

変わらない仲田くんの家。機材だらけの作業部屋にいかにも男の部屋っていうブルートーンの物が少ない落ち着く部屋。微かにタバコの匂いが漂っていた。

「実はね、橘部長に俺の女になれって迫られて、拒否したら仕事干された」
「え!?橘さんが…??奥さんも子供もいるじゃん」
「だよね…だから丁重にお断りしたんだけど、あ、突き飛ばしちゃったけど、そしたらついこの間任されたばかりのディレクション担当外されたのよ」
「裏でそんなことやってるんだ…あの人。見かけに寄らないね」
「私もそんな人だと思わなかったからびっくりしたよ」
「だからか。。うーん、いろいろ大丈夫じゃないねそれ」
「うん、だから仕事辞めようかなって」
「そっか…。問題ややこしいもんなぁ…でも辞めて次どうするか考えた?」
「いや、まだ何も。もうさ、デザイン業じゃなくてもいい気がしてる」
「そしたらやりたいこと、見つける時間に充てるのもいいんじゃない?」

サクサクと悩みを聞き出して的確に返す感じが仲田節って感じするわ…と妙に納得してきた。
早川くんは女性の感情に寄り添ってくれてる女性が求める王子タイプだけど、仲田くんはまた違うタイプだ。痛いところはどこか探って楽になるための的確なお薬を出すお医者様のような感じ。私の考えすぎてしまう感情のスピードを緩やかにしてくれる人だと感じた。
本体はメガネだけどね。

ひとしきり私の気持ちを引き出して聞いてくれて、少しだけ楽になってきた頃時計を見るともう3時を超えていた。

「え、もうこんな時間。ごめん、すごい話しすぎちゃった帰るわ」
「電車終わってるでしょ。家も遠いし朝まで寝てたら?」
「ありがと。。ごめんね」
「気にしないで」

仲田くん、変わらないなぁ。
メイク落としたいけど持ってきてないと言ったらコンビニで買ってきてくれるし。
なんだろう。今は付き合ってないのに状況が変わったとして人として何も変わらないところが、他の人と比べるとすごいなって思えてきた。

「あ、ベット使ってね。俺下で寝るから」
「ありがと、お言葉に甘えさせてもらうね。おやすみ」

ジェントルの極みの対応だった。
まだ泣けてきそうだったから、有り難かった。
早川くんだったら…どうしただろう?と想像してしまうほどだった。
多分絶対襲われてる。

泣きすぎて目が腫れてるのがわかってそっと重たい瞼を閉じる。
すぐに眠りに落ちた。

悪夢を見た。
殺されそうになって追いかけられてる夢。
背後から迫られて叫んだところで飛び起きてしまった。

はぁはぁと息を荒げていたら、仲田くんが起きて様子を見にきてくれた。
「どした?夢??あ…見えない」とメガネを探し始めた。

途端に込み上げてくる感情。
仲田くんの首に抱きついてしまった。
ギュッと力を込めたら、仲田くんが困ってる声が聞こえてきた。
「大丈夫、じゃないか…」
「そばにいて」

自然と出た言葉。
これが本音なんじゃないかと思った瞬間だった。

「…うん。わかった。そっちいく」
ベッドに上がって隣に寝た仲田くんの首に抱きついていた。
涙が止まって落ち着くまで。
ふわふわとした安心感のある懐に潜り込んだ私は、腕枕してもらいながらまた眠りに落ちた。
まるで子供のようだった。
「今は辛いと思うけど、過ぎたらきっといいことあるから。」
ぽんぽんと頭を撫でもらったが、それ以上は何もされなかった。

やっぱり、まだ彼のことを私は好きなようだ。
自分の気持ちを知ることが、一番難しくてわからない。
知りたくない気持ちも相まって鈍感なフリをしてしまうのかもしれない。

人って、時折怖いけどあったかくて嫌いになれない。
相手の気持ち知ることに臆病になってしまうから。
でもさ…
好きってなに?
愛ってなに???
今の私には、よくわかんないよ。

パニック状態が故に、今までの価値観や概念が根底から覆りそうな感じがしている。

今の自分はなんなんだろう?
なんのために生きてるんだろう。
周りから求められ愛されれていたとしても全く満たされない心。
空っぽの自分。
自分の芯がなくて、風が吹いたらあっという間に薙ぎ倒されそうなほど細く折れそうな柳みたいな弱い心。

本当に情けない。
今回の結果も、きっと自分が招いたことなんだろう。

今の私は、自信を持って自分自身が好きだと言えるだろうか…。
微塵も言えなかった。

考えを巡らせても肝心の『自分がどうしたいのか?』が全く見えてこない。暗黒の暗闇の中で座りこむ私はぼんやりと宙を見ている。

自分より他人のことを考えて生きてきてしまったせいで、いつもこうだ。
突然目の前に現れる壁にドンとぶつかってしまう。

行き止まりか…と思ったが、その時ピンと閃いた。
もしかしたら、今の自分と真逆を進めばうまくいくのかもしれない…。

『相手の気持ちを汲んで自分の意見を押し殺してきた流されっぱなしの人生に終止符を打つこと』が、私の今やるべきことなんじゃないかと思えてきた。

今回みたいな強制終了リストラまがいのお知らせはビジョンにはなかった。
もう違う世界にいるのかもしれない。
強く心を持って進まないと、道がなくなる気がする。

そう思ったら少し心が軽くなった。

微睡まどろみの中、カーテンの隙間から漏れる朝陽が眩しくて寝返りを打ったら目の前に仲田くんの顔があった。
微かな寝息が聞こえる。

「ありがと」
小さな声で呟いたあと、軽く唇にキスをした。
あんなところで出くわすとかヒーローかよ。
というか医者か?カウンセラーか?
メガネのくせに〜!
惚れ直しちゃうじゃん。ね?

なんで別れたのかわからなくなりながら、頬を触ってみる。
もう少し一緒に居たい気持ちはあれど、姫猫のニャーンという小さな声でご飯をねだるイメージが湧いてきてこっそりと家を出た。

今は、恋とか愛とか性だとか
そんな場合じゃないんや。



LIFE 9 アイドル⭐︎タイム

暇だ。
仕事が早く終わりすぎたことだけじゃない。
仕事中に先の構想や戦略を考えることも何もなく、ただ作業だけする日々は脳みそが暇なのだ。

そしてオトメンの乱勃発以来、仕事ヘのやる気は世界一周レベルで旅立ってしまっている。しかもヒッチハイクで。当分帰ってくる気配がない。
オトメン部長の橘さんからは相変わらず塩対応で、毎日地味にダメージをくらっているが、最悪の事態クビは今のところ免れている。
まぁ、今まで忙しいことの方が多かったから社内ニートという新ポジションに就いたことで見えることもあるだろう、勉強できる場をもらえてラッキー!!と思うことでその場を凌いでいた。

私ってつくづくポジティブ思考だなぁ。

会社で輝いて見える人…今の会社にはあんまりいないな。
仕事をすることで自分が潤うようなやりがいを感じられている人は、ほんのわずか一握りだろう。
その他大勢は生きるために生活をしているように感じる。

よく、夢を追いかけている人がキラキラとしたオーラを身に纏っていて、笑顔が本当に無邪気で楽しそうなのを見たことがあると思うが、あれだと思う。
どんなにきつい辛い苦しい内容でも、乗り越えられるようなポイントが一つでもあれば仕事は続くと思う。

お金だけじゃないんだよな…ほんとに。
仕事なんて楽しんでなんぼなんだと思っているから、地元の友達にはよく
「莉緒ってほんと普通じゃないよね〜!大学行って遊びまくりたくないの?」という子とは全く真逆の思考だった。

そんな私は、小さいころから何か作るのが好きだった。
でも、親を安心させようとして進学校へ進んだ途端に全く勉強に興味がなくってしまったんだよな私。
そしてその時に一番なるのが難しそうでワクワクするデザイナーになる!と満面の笑顔で親を説得してデザイン職を志したなぁ…と、若かりし頃を思い出したらなんだか少し心がほわっとあったかくなった。

そうだった、私って負けず嫌いで何をやっても自分が納得しないならやれないタイプだった。社会で生き延びるために、だいぶ演技が上手くなったもんだなぁ。あーやだやだ。
学生時代が一番キラキラしてやる気に満ちていた頃なんじゃないかと思ったら、歳とったなぁと苦笑いするしかなかった。

完全に初心を忘れていた。
惰性で仕事して、何がプロだ。失格だな。
あの頃を思い出せ、莉緒!
こんなところでヘドロみたいな環境に身をおいて、あっという間に腐ってしまっていいのか?
綺麗な水流の中を鮭のように必死に川上りして、キラキラ輝く宝石を生み出せ!!
心の中で自分の頬をパーンと平手打ちしてハッパかけた。
いい音がした。

今の会社ここじゃなくて情熱を捧げられることを見つけよう。うん。

それから暫くの間、自分がワクワクするような何かを探し始めた。

早川グレーゾーンワンコと映画行ったり、最新設備のアトラクションが新設したアミューズメントパークに行ったり、たまには車で遠出して海山川など自然を見に行ったりした。もちろん神社でお祓いやお参りも。

みんながいいね!楽しい!と思うことにはなんでも飛びついた。
早川くんのおかげでリフレッシュを兼ねて、とてもいい刺激を受けていた。
プラトニックな関係にしてもらった彼には悪いけどね。
手くらいは繋いでOKにして飼い慣らしていた。
悪女めいていてごめんなさい。

たまに女の子の日以外でも、ものすごく眠くて一日中眠くて眠くて仕方ない日もあった。
何か目覚めの前の冬眠の時期かと感じて、身をまかせて寝てることにした。
充電しないと動けないし、次のジャンプで壁こえられないからね。

私はビジョンの中にあった『平和な世界』を満喫していた。
季節が緩やかに移り変わっていた頃、私がいる世界もまた変わり始めていた。



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