空の記憶


きっと未来の私は、今この瞬間を愛おしい思い出として反芻するのだろうな。

ー 幸福な時間に生きる過去のわたし。

こんな状況もあったなあなんて、未来の私は笑い飛ばしていると良いなあ。

ー 辛い環境に生きる過去のわたし。


今を生きる私は、たまにこんなことを考えている。

そして案の定、未来の私はその時を思い出す。



特に、印象に残っているのは、学生時代。

それは、大切な人たちが、卒業してしまった日。


久しぶりにお会いできる、でも、今日限りで卒業してしまうんだ。

嬉しさと憂鬱が入り混じった気持ちを抱え、京王線に乗り込んだ。


電車は十分に空いていたが、なんだか窓の外を眺めていたい気分だったので、ドアの横に立った。

普段聞かないようにと、スマートフォンの奥にしまいこんだとても大切な曲を、慎重に再生した。

こんな大事な日に聴かなくて、いつ聴くのだ、と。


その曲が再生されるとともに、窓の向こうに様々な記憶が映し出された。

よく、走馬灯という言葉を耳にするが、それを体験したのはこの時が最初で最後だった。

期間で言えば数年だけのことであったが、彼らとの幸せな記憶が、確かに、目の前に蘇ったのだ。


ああ。私はこんなに幸せな瞬間を過ごしていたのだな。


涙が滲んだ。

こぼれ落ちないように、少し顎の先を上へと向けた。

そんな私の視線の先にあったのは、三月の空。

少し気温が上がってきたせいか、それは柔らかく、ほんのりと甘味を含んだ水色で、クリーム色の雲がふんわりと浮かんでいた。

今まで見た、どんな空よりも、綺麗だった。


未来の私は、この曲を聴いた時にきっと、この空を思い出すのだろうな。


これは、未来の私への贈り物だ。

涙を拭い、空の色を目に焼き付けた。


当時を生きた過去のわたしからすると、現在を生きる私は未来の私にあたる。

そして現在の私は、未だにその曲を大切にしている。

その曲にしまわれたあの空の記憶は、社会人となり疲れ果てた私を救う、ある種の薬のようなものとなっていた。


今日だけは、その曲に包み込まれて眠りたい。

強く、そんな風に願った時にだけ、その曲をとりだして再生する。

そして、過去の私と一緒に、あの空を眺めるのだ。



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