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『敵は、本能寺にあり!』

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“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。 戦国最大のミステリー“本能寺の変”の『真実』と、信長の隠し子が辿る戦乱の世の悲しき運命……。 幾つ屍を越えようとも、歩む道の先には骸の山が…
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#帰蝶

『敵は、本能寺にあり!』 最終話『革命前夜』

『敵は、本能寺にあり!』 最終話『革命前夜』

「失礼ながら信長様の計略には綻びが多く生じております。比叡山焼き討ち後、次々と敵対勢力を滅ぼし、本願寺や丹波を抑え、天下静謐の礎を築かれました。
そこで武田征伐に於いて信忠様に戦功を立てさせ、親の威光にあやかっている訳ではないと、格の違いを見せつけるおつもりだったのでしょう……。
毛利や義昭が秀吉殿に敗れるのも目前。時間は掛かりましたが、思い描かれていた通りに進んだのでは? しかし思わぬ誤算が。

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『敵は、本能寺にあり!』 【第一章『蝶鳴く城』】 第一話『疎隔の子』

『敵は、本能寺にあり!』 【第一章『蝶鳴く城』】 第一話『疎隔の子』

 ―1582年―
 褥から起き上がり煙管を燻らせる信長を、光秀は寝そべったまま見上げる。
シャープな顎先から流れる美しい輪郭を微睡みの中で眺め、憧憬の身を案じた。
ふと注がれた切れ長の視線に彼の心臓は跳ね、無垢な想いが口を衝く。

「この先何が起きようと、私を信じてくださりますか……」

「無論」
すぐさま返された言葉に、光秀の迷いは消え去る。

 日成らずして、丹波亀山城に駭きし叫号――。

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『敵は、本能寺にあり!』 第二十六話『心の温度』

『敵は、本能寺にあり!』 第二十六話『心の温度』

「……いつもの事じゃ。築山殿と信康にいびられては泣きついて帰って来よる。九つで嫁にやったのも良くなかった。それこそ武田の松姫のように、正室預かりの格好を取って手元に置いておく方が賢かったかの」
信長は痛むこめかみ辺りを揉みながら、もう一つ桃に手を出す。

「築山殿は“質素倹約の鬼”のようだと、随分前に帰蝶様より聞いた事がございます」と光秀は回顧。

「徳姫が幼い時分に里帰りした折、帰蝶としゃぼん玉

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『敵は、本能寺にあり!』 第二十二話『孫子の兵法』

『敵は、本能寺にあり!』 第二十二話『孫子の兵法』

「クソッ――! 何故波多野は寝返った!」
敗走し坂本城へ入った利三は、歯を軋ませ籠手を投げ捨てる。

「今、調べさせておるが、波多野は信長様の朱印状に偽りの返事をしたのやも知れぬ。元より直正と結託し、丹波の奥深くに敵を誘い込み一気に殲滅する――“赤鬼の策”に乗っておったとしたら……」
心の機微に聡く、観察を重ねる伝五は恐ろしい推論を立て、そして後になり其れが的中していたと分かった。

 ◇

 一

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『敵は、本能寺にあり!』 【最終章『黒幕と真相』】 第二十一話『忠誠の陽の蜂、月に舞う蝶』

『敵は、本能寺にあり!』 【最終章『黒幕と真相』】 第二十一話『忠誠の陽の蜂、月に舞う蝶』

 岐阜城を離れ、琵琶湖の東畔に新しく築いた安土城へ発つ日――。

 家督を継ぎ岐阜城主となった信忠へ、信長は大切にしてきた愛刀 “星切の太刀”を贈る。
秘蔵の名刀は金銀を散りばめた太刀拵えが輝き、凛々しい信忠に良く映えた。

「なんとまぁ立派なお姿――。母の誇りにございます」
養母となり信忠を育て上げた帰蝶の瞳に、精悍な愛息が滲む。
帰蝶は美濃・尾張の統治を任された信忠の側近に、自身の弟 利治を付

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『敵は、本能寺にあり!』 第二十話『存命の罪責』

『敵は、本能寺にあり!』 第二十話『存命の罪責』

「何とも魔性の香り。これが蘭奢待ですか……」
信長が持参した香を焚くと、光秀は馨しい香りに身を委ね、心の奥深くで智覚。

「魂が抜けるようでいて、血が滾り本能に立ち返るような……、掴めない香りじゃ」と満足気な信長は、自身の腕を枕にし褥に寝転がる。

「百年前、時の将軍 足利 義政が切り取って以来、幾人もの足利将軍が閲覧を希望しても叶わなかったと聞きます。この様な貴重な物を、有難き幸せにございます」

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『敵は、本能寺にあり!』 【第二章『桔梗咲く道』】 第六話『機を見るに敏』

『敵は、本能寺にあり!』 【第二章『桔梗咲く道』】 第六話『機を見るに敏』

 ―1565年―
 傀儡には下らず直接統治に拘る将軍 足利 義輝を桎梏と感じる三好氏は、清水寺参詣を名目に集めた一万の軍勢を率い、突如として完成間近の二条城に押し寄せる暴挙に出た。

 義輝が暗殺されたのを機に、其の弟 義昭は興福寺に幽閉される。
そんな義昭を“次期将軍に”と推す義輝の旧臣 藤孝らは彼を奪還し、越前の大名家へと亡命。
其れは偶然にも、浪人となった光秀が保護を許された“朝倉家”のも

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『敵は、本能寺にあり!』 第五話『墨染の君』

『敵は、本能寺にあり!』 第五話『墨染の君』

 吉乃は産後の肥立ちが悪く、若くして帰らぬ人となった。
そして信長から発せられた願いに、帰蝶は耳を疑う。
「帰蝶、遺された三人の子の、母となってはくれぬか」……と。

「何故私が――。何故私が吉乃の子の? 鳳蝶をこの腕に抱けぬ私が……」

「すまぬが、もう……、 鳳蝶は星になったと思っ――」

 ――!!
帰蝶の腕が空を舞い、信長の左頬を強く平手打つ。
唖然とする夫を、燃やし尽くすほど血に焼けた目

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『敵は、本能寺にあり!』 第四話『氷塊の心胆』

『敵は、本能寺にあり!』 第四話『氷塊の心胆』

 鳳蝶が伝五と甲賀の惣国に発って数日後――。
信長は帰蝶を迎えに、湖北へと馬を走らせた。

 二人は成菩提院の境内で、赤や黄に染まる紅葉の下を暫し散策しては、静かに言葉を交わす。

「鳳蝶は息災に暮らしているでしょうか……」

「あぁ、健やかに過ごしておるはずじゃ」

 何の根拠もない慰めが、帰蝶の心を騒つかせる。
「……。鳳蝶との別れの日、どうして来てくださらなかったのですか」

「光秀に任せて

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『敵は、本能寺にあり!』 第三話『隠密の子』

『敵は、本能寺にあり!』 第三話『隠密の子』

「帰蝶様、その後お加減はいかがですか」
家臣の伝五と共に訪ねてきた光秀は、帰蝶の前に土産の干し柿や蒸かし芋を並べ、ふっくら丸々とした赤ん坊と彼女を交互に、優しい眼差しで見遣った。

「ええ、まずまずです」

「あれから信長様は――」

「それはもう大層お喜びで。『鼻は儂に似ておるの、目は帰蝶かの』と、いつまでも腕に抱いておいででした。『吾子とはこれ程可愛いものか』と目を細められ。『名は鳳蝶じゃ』と

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『敵は、本能寺にあり!』 第二話『愛し子の岨道』

『敵は、本能寺にあり!』 第二話『愛し子の岨道』

 事の発端は、三年前に遡る――。

 ―1553年―
 父が他界し、一年後――。
冬枯れの山に小さな春が訪れる頃、鹿狩りを楽しんでいた信長の背に向け、突如矢が迫る。

「――!! 信長様――!」
平手は咄嗟に、矢の前に飛び出した。

 ――?!

「じいっ――! おいっ! しっかりしろ!!」
自身の背後で倒れた平手を慌てて抱きかかえる信長を、平手は虚な目で見上げる。
そして身を挺して守った愛しき若

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