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雑感記録(110)

【小説について覚書】


ここ最近、大江健三郎の『「話して考える」と「書いて考える」』を読んでいる。これが個人的に面白いと感じた。

これは大江健三郎の講演を纏めた本である。僕の心を打ったのは最初も最初。何故なら中野重治についての講演であったからだ。読んでいて「ふむふむ、なるほど…」と感じる点が非常に多く、幸運にも僕は全集を持っているので紹介されていた作品を読めた。実際に読んでみて、大江健三郎の言っていることが何となくだが分かるし、何より自分が好きな作家の作品を読むことはやはり愉しいところがあると改めて感じた。

しかし、批評でも講演でもエッセーでも何でもそうだが、人に何かを読ませるキッカケを与えられることは非常に素晴らしいことだと改めて思う。普通におすすめされるよりも、何というか「へえ、どんなんだろう?」と興味を持たせる状態にさせて、その作品を読ませる。これは並大抵のことではない。

人に何かをおすすめされて作品に触れる。無論、それはそれで良いことだし自然なことである。ただ、批評やエッセーや講演が持つ力というのは凄まじいものがある。「これ良いから読んでみ!」ということではなく、「こういうバイアスを掛けることで俺はこう読んだ。皆ならどう読んでみる?」という姿勢に僕は毎度感服してしまう。


大江健三郎のお陰で僕は久々に小説を読んだ。これを契機に何冊か小説を見繕って読んでみた。不思議なもので1度小説を読み通すと、脳が小説脳とでも言えばいいのだろうか?そういうある種のトランス状態みたいになって止まらなくなる。誰彼構わず読みたくなる。僕の場合は過去に読み通した作品を再度読み返すことが多い。

それで久々に鷺沢萠を読んだんだけれども、これがまた良かった。正直、鷺沢萠に関しては何度も読んでいるので小説の内容は大体覚えているのだが、それでも何度読んでも良い作品は良いなと気付かされる。

僕は個人的にだけれども、「何度も何度も読み返したくなるような作品」に価値を見出している。それは過去の記録でもさんざん書いているが、商品性を帯びた作品が商品という枠から外れているような感覚。消費される作品ではなくて、愛される作品というものが正しくそれであると思われて仕方がない。

例え、その作品が他の誰かに馬鹿にされようが、クソみたいな内容であってもだ。それが何度も何度も読みうるに値するということは、そこに対する読者の愛があり作品の凄さがあるように思われる。畢竟するに、批評家たちはケチョンケチョンに作品をけなしていることも多いがあれはその作品に対する愛ゆえにそうしているのではないのか?ここは批評家のみしる世界ではある訳だが…。

しかし、僕だって1回読めばもう満足という本でも中には「こりゃ凄く良い作品だ…」「これは読むべきだよな…」とか、「最高の作品だったな…」と思うことはある。それが僕にとっては『さようなら、ギャングたち』と『万延元年のフットボール』である。

他にも様々あるが、直近ので挙げるとこの2作品だ。厳密に言うと、両方とも実は大学生時代に読み通したが、「なんだかな…」と感じていた。たまたま本棚を見ていて眼に入ったので両方とも読み直したというのが本当の所だ。それにしても『万延元年のフットボール』は面白かったが骨が折れた。もうお腹一杯って感じだった。


はてさて、何の話をしようとしていたんだったか…。

そうそう、鷺沢萠の話をしたかった。前にも記録したことがあるようなないような気もするが、まあいいや。少しばかし書いてみることにしよう。

鷺沢萠は高校3年生の時に『川べりの道』で文學界新人賞を取り、当時最年少で受賞。女子大生作家として鮮烈なデビューを飾る。その後、『帰れぬ人々』『葉桜の日』が芥川賞候補作となり、また『ほんとうの夏』も三島賞候補作となる。その後、『駆ける少年』で泉鏡花賞文学賞を受賞。その後35歳という若さでこの世を去っている。ざっと経歴的なところはこんなものだ。

しかし、こうやって見てみると結構芥川賞候補作や三島賞候補作、はたまた野間文芸新人賞候補作などなど、彼女の作品は候補作止まり(というと些か言い方は悪くなるのだが…)のものが結構ある。無論、賞を取る取らないなんていうのは本当にどうでもいいことこの上ない訳だが、何だかここまでいい作品を残していてかすってばかりで…何でだろうかと思いたくもなるものだ。

僕は彼女の作品の中では文春文庫から出ている『駆ける少年』に収録されている『銀河の町』がかなりお気に入りの作品である。作品のあらすじの説明はせず、いつもの如く「まあ、読んでみてください」という感じになる訳だが、僕はこの小説を読んで感じることは"場末"それに尽きる。

僕は場末が好きなのかもしれない。都会や繁華街の中心から外れた、所謂町はずれ。何だかもの悲しさとそこに漂う空気感が僕は好きなのかもしれない。そういった中でジメジメとした人間関係が描かれるが、この作品についてはジメジメしているよりかはちょっとドライさも感じる人間関係の描かれ方をしているのが良い。

ただ只管に暗い話が描かれる作品も勿論僕は好きだが、しかしずっと救いがないのも辛いものがある。仮に救いがなかったとしても、どこか前向きになれるような何かがあるような作品が僕は好みであるように思われる。まあ、僕はそんなこんなでこの『銀河の町』という作品が好きである。


小説が読みたくなったのでここで終いにしようと思う。今日は坂口安吾の『私は海を抱きしめていたい』を読み直そうと思う。やはり、この作品は何度読み返しても良い作品だ。

よしなに。

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