満天の星の下で　第４話【小説】

2024年6月2日 18:53

２０１７年４月１６日

　「ごめん、別れてほしい。」
私は職場で知り合い、半年付き合っていた奈穂に別れを告げた。
「うん…今日はそういうことになるかなって何となく感じてたから。」
「そっか…お見通しだったわけね。奈穂には隠し事できないや。」
無理に笑顔を作った自分が見苦しかった。
「何かやりたいことあるんでしょ。あなたはそうだもの。心に何か決めたらもう誰が何言っても止まらないもの。」
やや涙ぐんだ顔でそう言われ、返す言葉がない。彼女が早口になるのは珍しい。予想していたとはいえ動揺しているのだろう。
それでも全て見透かされていたということか。こんなにも素晴らしい女性と別れるとは、それも自分から別れを切り出すとは、後戻りできないところまできて後悔が募る。
「本当はもっと会いたかったのに、そう思っていたのは私だけだったみたいね。」
沈黙が流れる。何を言ってもどう取り繕っても無駄だというがわかる。
「ごめん…」
それしか言えなかった。
「…別に謝らなくていいよ。結局私にあなたを引き留めるだけの魅力が無かったってことだもんね。」
「いや、そういう訳では…奈穂は素晴らしい人だよ。だけど、俺の中で少し重く感じちゃうことがあって。」
正直、自分でも何が引き金になって別れを切り出すことを決めたのかわからない。わからないから余計なことを言ってしまう。
「わかった。明日は仕事あるし、冷えてきたから帰りましょ。」
そう言われて内心安堵する自分が嫌だ。鋭い彼女は私のそんな心を見透かしてしまっていることだろう。
「うん。今まで本当にありがとう。楽しかった。」
ありきたりな言葉しか出ない。
「私もだよ。短かったけど色々あったよね。」
「そうだね。２人で色んなことしたね。」
日曜の夕方の公園は家族連れもまばらになり、静かで物悲しい。駅へ向かって歩き出す。いつも冷静な彼女の感情の昂った顔を見るのは初めてだろうか。いや私が告白した時にも驚き、感情を露わにしていた。もちろん今とは逆の感情で。

　駅に着いた。電車に乗る。途中の新宿駅までは一緒だ。私は西武線に乗り換える。彼女は埼京線に乗り換える。改札前で立ち止まる。
「じゃあ、俺はこっちだから。」
「うん、元気でね。」
無理に笑顔を作る彼女が痛々しい。今ならまだ間に合うだろうか。いや、私にその権利は無い。
「奈穂も体に気を付けてね。じゃあ。」
改札を出て、振り返り手を振る。お互いに笑顔なのが辛い。いつもなら帰ってからまたラインしたり、次のデートの予定を考えたりもするのだが、もうそんなことは無くなる。西武新宿駅まで歩く。いつもならうんざりする人混みだが今日は何も感じない。最寄駅に着く。今日はさすがに何もしたくない。スーパーで適当な弁当を買い、自宅のアパートに帰る。足取りは心に反してやや軽かった。
「こんな日でも夕飯は食べるし、風呂にも入っていつも通り眠るんだな。」当たり前のことだが、少しおかしな気もする。

　風呂上がりにゆっくりしていると奈穂からラインが来た。長文だった。それは彼女らしい落ち着きのある綺麗な文章だった。彼女も家に着いて、落ち着いたのだろう。これまでの思い出や感謝、不安や不満も書いてあった。笑顔でいることの多かった彼女、その裏にある色々な感情に私は気付けなかったのだと今更思い知らされる。
「もっと素直にお互いの気持ちを吐き出せていれば、これからも付き合えたのだろうか。いつの頃からか私が色々なものを溜め込むようになってしまったんだっけ。」
色々な思いがこみ上げてくる中、大きく一つ深呼吸をしてラインを打つ。私も長文になった。冷静になっても別れを切り出した理由を言語化できない。感情、人を好きになるとはそういうものだろうか。だからこそ恋、愛なのだろうか。
奈穂から返信が来た。お決まりの「じゃあね。」と「おやすみ。」を返し、既読になったことを確認してスマホを置いた。３０分ほど経ったが返事は無い。ベッドに向かい、もう一度スマホを確認して布団をかぶる。明日の仕事のことを考えて天井を見た。驚くほど早く眠りに落ちた。

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満天の星の下で 第４話【小説】

２０１７年４月１６日

満天の星の下で　第４話【小説】