満天の星の下で 第7話【小説】

2018年8月30日

 寝ても覚めても暑い。猛暑日が続き、冷房を一日中つけていないと熱中症になりそうな日が続く。そんな天気とは裏腹な、穏やかで涼しい夢を見た。

 気が付くと私は山中の小さな家にいた。どこかに似ている。思い出す。奈良は吉野の西行庵によく似ている。風が部屋を通り抜けていく。その流れが目に見えるようだ。
「あら、お目覚め。赤ちゃんみたいに昼寝をするのね。」奈穂の声が聞こえる。
「確かに気持ちいい風ね。」私の視線から考えていることを読み取ったようだ。
「お茶でも飲む?」
「自分で淹れるよ。奈穂もいる?」
「うん。ありがと。」
南部鉄器の鉄瓶に水を入れ、火にかけて湯を沸かす。茶筒から茶葉を急須に入れ、沸騰するのを待つ。湯冷ましも食器棚から取り出しておく。
「今時急須でお茶を淹れるなんて、あなたも変な人よね。」
「これが良いんだよ。味がどうこうというより、こういうことに時間を掛けられることに幸せを感じられるから。」
「まあわからなくは無いわね。」
お湯が沸いたようだ。何度となく行った所作を今日もなぞる。2杯のお茶が湯気を立てる。木の葉のさざめきに鳥の声、全てが穏やかな空間である。衣食住の一つ一つを丁寧に時間をかけて行う。そして隣りには奈穂がいる。満ち足りているとはこういうことを言うのだろう。ゆっくりと目を閉じ、再び目を開けるといつもの天井だった。

 まどろむには暑いし、時間もない。いつもと同じように身支度を済ませるが、今日は一つ一つを丁寧にこなしていける。冷房を切り、玄関を出る。陽は既に高く、蒸し暑い。それでも今日は身体が軽かった。もう夏が終わる。

第1話:https://note.com/light_cobra3799/n/naec0982af1e4
第2話:https://note.com/light_cobra3799/n/n3f50839382ca
第3話:https://note.com/light_cobra3799/n/n7f017105f79c
第4話:https://note.com/light_cobra3799/n/n9496262580d0
第5話:https://note.com/light_cobra3799/n/n2df3248b6a3f
第6話:https://note.com/light_cobra3799/n/nbee7ecba7d4a
第7話:現在地
第8話:https://note.com/light_cobra3799/n/nb3b5937754d2
第9話:https://note.com/light_cobra3799/n/nd82c0efc8a25
第10話:https://note.com/light_cobra3799/n/n085176c49803
第11話:https://note.com/light_cobra3799/n/na4cd46a10e51
最終話:https://note.com/light_cobra3799/n/n268a2ef79919

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