満天の星の下で 第5話【小説】

2017年10月14日

 優希子の家に向かう私は事がこんなにもスムーズに運んでいることに一抹の不安を覚えながら車のハンドルを握っていた。

 事の発端は2か月前、夏休みに実家へ帰った時のことだった。春に車を買った私は両親へ見せようと電車ではなく車で行ったのであった。家に近付き、住宅街の道をゆっくりと走っていると思い焦がれた後ろ姿があった。クラクションを小さく鳴らし、窓を開け、車を止める。彼女が振り返り、私に気付く。
「あら、久しぶり。どうしたのこの車。親の車借りてるの。」
いつもの調子で優希子が訊いてくる。
「春に思い切って買っちゃってね。便利だから車で帰省したの。」
「そういうことね。凄いじゃん。」
「送っていこうか。すぐだけど。」
「じゃあお言葉に甘えようかしら。暑いし。」
助手席に優希子を乗せて、再び走り出した。
「あー涼しい。やっぱ車はいいわー。和成も車買ったみたいね。」手で顔を仰ぎながら彼女が言う。
「彼は車好きだからね。色々こだわってるでしょ。」前を向いたまま答える。
「見せてもらった時、色々教えてくれたけど忘れちゃった。」笑い声が響く。
「優希子は運転しないの。」
「あまり得意じゃないからね。必要な時だけお父さんの借りるぐらいかな。」
「ふーん。実家出る気は無いの。」
「今のところ無いかな。職場近いし、困ってないから。実家出たくなったら考えるかも。あんただって、実家からでも通えるでしょ。」
「まあね。一人暮らしってちょっと憧れだったから始めてみたら心地よくてね。」
こんな話をしている内に優希子の家に着いた。
「ありがとう。短い距離だけど助かったわ。ねえ、折角車買ったんだから何人か誘ってドライブでも行かない。」
降りながら、言われた。
「いいね、面白そう。じゃあまたね。」
「うん、ありがとう。」
車を回し、私は本来の目的地へと向かった。

 社交辞令だと思っていた彼女の誘いが本気だとわかったのはその日のうちにラインが来たからだった。メッセージを交わし、計画を練って友人にも声を掛けたがどうも都合がつかず、結局2人で行くことになった。

 悩んでも結局答えは出ず、そうこうするうちに彼女の家の前に着いた。車を停め、ラインで呼ぶ。玄関から出てきた。彼女の服装が新鮮に映る。
「やっほー。お迎えありがとね。」
荷物を後部座席に置いて、助手席に座る。
「じゃあ行きますか。」
ナビを確認して、サングラスをかけ直しアクセルを踏んだ。
 案の定、土曜朝の高速は混んでいた。コンビニで買ったコーヒーを飲みながら前の車の動きに合わせてゆっくり進む。普段は嫌いな渋滞だが、今日はそこまで苛立たない。ずっと話しているが話題は尽きず、いつの間にか渋滞を抜け、1つ目の目的地に着いていた。
今回の行く場所は実は和成の考えてくれたものだった。途中まで彼も行く予定だったが、直前で行けなくなったのだった。彼の計画通り、忍野八海を見て、近くのお店でランチを食べる。ほったらかし温泉で疲れを癒し、ネットで調べたカフェで一服。夕食にほうとうを食べ、フルーツ公園で夜景を見た。
傍から見れば、私たち2人はカップルとしか映らないだろう。彼女はこの関係をどう思っているのだろうか。甲府盆地を眺めながら我々2人にしては珍しく無言になった。
「思いを伝えなければ。告白しなければ。何のためにここまで来たんだ。」そう思ったが、どうしても言葉が出てこない。喉のところまで出かかっている。あとほんの少しの勇気なのか何なのかそれがあれば言えるのに言えない。
「日が暮れるともう寒いね。そろそろ車戻って帰ろっか。」
優希子に声を掛けられ、ハッとする。
「そうだね。すっかり暗くなった。」まだ間に合う。車に向かって歩きながら言えばいいじゃないか。何故なのか。見えざる何かが遮るように言葉が出ない。
「これはダメだな。こういう定めなのか。」そう思いながらエンジンをかけ、走り出す。
「夜景、綺麗だったね。運転ありがとね。帰りもお願いします。」と優希子。
「オーケー。安全運転で行きますよ。疲れたでしょ。寝ててもいいよ。」冷静を装ったが、声は震えていたかもしれない。

 私も1日遊び、疲れているから眠くなるかと思い、ガムを噛み始めたが不思議と今日は眠気が襲ってこない。優希子の方に目をやるとまだ起きていた。
「寝てていいよ。疲れたでしょ。」
「運転しているのに寝たら悪いかなと思って。」と笑う。
「別にいいよ。俺なんか助手席に乗るとき大体爆睡してるから。」
「そっか。じゃあ限界迎えたら勝手に寝るわ。」
「うん。無理しないでいいよ。」
夜の高速は気持ちが昂る。過ぎ去る街灯や車のブレーキランプ、遠くに見える街の光。人がいるその光の一つ一つが愛おしい。優希子が静かになったと思ったらいつの間にか眠っていたようだ。起こさないようオーディオのボリュームを下げた。
 彼女の家に着いた。声を掛けて起こす。
「ごめん。結局寝ちゃった。」
「いいよいいよ。じゃあまた。忘れ物無いように。」
「うん、今日は楽しかったね。ありがとう。和成にもお礼言わないとだね。」
「そうだね。俺も楽しかった。今度は和成も一緒に行きたいね。」
車の向きを変え、私も自宅へ向かう。
車が見えなくなるまで見送ってくれている彼女をバックミラーで見つめる。
急に疲れが出てきたが気持ちの昂りはまだ続いている。
「この分なら眠気に襲われず家まで着けるな。」そう思って、大通りに出てスピードを上げる。

 帰りの車内、別れ際、いくらでもチャンスはあった。しかし、同じだった。言葉が口から出てきてくれなかった。そして、優希子の寝顔を一目見たとき、私を最後の最後で止めるものが何なのか分かった気がした。
夢で見たのと同じ彼女の寝顔とか細い手、どうしても触れてはいけない神聖不可侵なものに思えてならなかった。彼女を満たせるのは私ではない。そう悟った。しかし、そう思えば思うほど彼女の全てが愛おしくてたまらなかった。こちらも元気になる明るい声、助手席で寝ないように頑張る変に真面目で健気な姿、随所に見える優しさ、私の心の火は燃え上がった。けれども、燃えてはいけない炎だった。
どうしてこうなってしまったのか。私たちは付き合うには近付き過ぎてしまったのだろうか。近付く前に、もっと早くわかっていれば、どうにか出来たのだろうか。考えてもどうしようもないのだが、考えずにはいられなかった。疲れているはずなのになかなか寝付けず、翌日は昼過ぎまで眠ってしまった。珍しいことだった。

第1話:https://note.com/light_cobra3799/n/naec0982af1e4
第2話:https://note.com/light_cobra3799/n/n3f50839382ca
第3話:https://note.com/light_cobra3799/n/n7f017105f79c
第4話:https://note.com/light_cobra3799/n/n9496262580d0
第5話:現在地
第6話:https://note.com/light_cobra3799/n/nbee7ecba7d4a
第7話:https://note.com/light_cobra3799/n/n845430e9ef1d
第8話:https://note.com/light_cobra3799/n/nb3b5937754d2
第9話:https://note.com/light_cobra3799/n/nd82c0efc8a25
第10話:https://note.com/light_cobra3799/n/n085176c49803
第11話:https://note.com/light_cobra3799/n/na4cd46a10e51
最終話:https://note.com/light_cobra3799/n/n268a2ef79919

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