満天の星の下で 第10話【小説】

2024年7月9日

 平凡なそして穏やかで幸せな日々が流れ、私は30歳を過ぎていた。仕事も家庭も順調で、迷うこと、心乱されることも少なくなってきた。しかし、この日来た1通のラインを見た瞬間、心臓は激しく脈打った。それは優希子からの婚約したという報告だった。式を挙げるらしく、まだ先であるが呼んでもらえるようだった。帰宅すると妻はまだ帰っていなかった。着替えて、手洗いうがいを済ませキッチンに入る。夕飯を作ろうと冷蔵庫から必要な食材を出していると玄関が開く音がした。奈穂が帰ってきた。
「ただいま。今日はあなたの方が早かったのね。」
「おかえり。うん。」
「料理変わろうか。」
「ありがと、お願いします。どうも料理は好きになれなくてね。」
「下手じゃないのにね。」
「まあそうなんだけどさ、掃除とか洗濯の方が好きなのよ。」
「着替えてくるから待ってて。」
私はキッチンから出てソファに移動した。

「出来たから運んでー。」奈穂の声がしてスマホを置き、料理をテーブルに運ぶ。いただきます。
「今日、優希子から連絡があって婚約したって。」その名前を聞いた瞬間、奈穂の眉がピクリと動いたが、内容が頭に入るといつもの穏やかな表情に戻った。
「そう、おめでたいね。お相手は?」
「マッチングアプリで知り合った人みたい。」
「ふーん。やっぱり今はそういうのが主流なのかな。」
「そうかもね。職場でも結構多いよ。」箸を進めながら、何気ない会話は続く。
「結局、あなたのキューピッド作戦はうまくいかなかったのね。」ニヤリとしながら奈穂が言う。
「そんなこともあったね。あれは最初から恵一も優希子も恋人としては見れなかったみたいね。」
「趣味は合っていたみたいだったけど。」
「男女はそれだけじゃないのよ。」我ながら気障な台詞だ。
「何知ったような口きいてるのよ。」箸を置いて、笑いながら言ってくる。
「恵一さんはまだ独身なんだっけ。」妻が話題を変える。
「うん。あれは結婚できない男かもね。」食べながら答え、夕食のひと時は過ぎていく。

 ベッドに入り、スマホのアラームをセットして充電ケーブルに繋いでいると妻が入ってきた。
「趣味が合うだけじゃうまくいかない。」奈穂がおもむろに呟いた。
「何?」上体を起こし、彼女の顔を見る。
「さっきの話。私たちは趣味が合って、まあ1回別れたけれどもこうして結婚までしたじゃない。」
「そうだね。」言いながら体を倒す。
「あなたにとって決め手は何だったの。ごめん、何回も聞いているってのはわかっているんだけど。」初め語気が強くなったが語尾は弱々しい。
何回も答えている。答えは変わらないからそのままに話す。再び体を起こし、彼女の目を見る。
「初めは正直、趣味の合う友達ぐらいにしか思わなかったよ。だけど逢瀬を重ねるうちに意識するようになって。回を重ねれば重ねるほど好きなところが増えていったんだ。見た目や性格、声のトーン…数え切れないぐらいにね。奈穂の優しさに触れ続けるうちにもうこの人しかいないって思うようになった。愛したい、愛されたい、愛し合いたいと心から思った。初めての感情だった。唯一奈穂にだけ向けられる感情だと思った。確かに一目惚れのような燃える恋では無かったかもしれないけど、時を経るごとに愛は深くなっていくのが感じられた。だから一生一緒にいたいと思うし、ふとした時に激情を催すことは今でもあるんだ。」言い終わると恥ずかしくなる。
「ありがとう。ごめんね。たまに不安になることがあるの。あなたは優しすぎるから。」涙ぐんだ声で言われ、私は彼女の頭をそっと撫でた。
「優希子さんとあなたが何も無いっていうのはわかっているんだけど。」
「良いんだよ、俺こそ不安にしちゃってごめんね。」
「ううん、いいの。大切な友達でしょ。」
「それはそうだけど、誤解は招きたくないし、それに彼女ももう夫がいるから2人で会うことはもう無いよ。」潤んだ眼でこちらを見上げてくるから、ゆっくりと頷いた。
「なんか妹みたいな感じでつい世話を焼きたくなっちゃったんだよ。でももう終わり。俺だって相手の男に殴られたくないからね。」不自然なほど声を大きくして言った。私がそう笑うと、奈穂も少し口角が上がった。
「さあ、明日も早いからもう寝よう。」そう言うと、彼女は目元を拭ってベッドに入った。
「もう大丈夫?」横になったまま彼女の方に顔を向け、訊いた。
「うん、ありがとう。おやすみ。」その言葉を聞いて、電気を消した。
「おやすみ。」
その日は少し寝付きが悪かった。

第1話:https://note.com/light_cobra3799/n/naec0982af1e4
第2話:https://note.com/light_cobra3799/n/n3f50839382ca
第3話:https://note.com/light_cobra3799/n/n7f017105f79c
第4話:https://note.com/light_cobra3799/n/n9496262580d0
第5話:https://note.com/light_cobra3799/n/n2df3248b6a3f
第6話:https://note.com/light_cobra3799/n/nbee7ecba7d4a
第7話:https://note.com/light_cobra3799/n/n845430e9ef1d
第8話:https://note.com/light_cobra3799/n/nb3b5937754d2
第9話:https://note.com/light_cobra3799/n/nd82c0efc8a25
第10話:現在地
第11話:https://note.com/light_cobra3799/n/na4cd46a10e51
最終話:https://note.com/light_cobra3799/n/n268a2ef79919

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