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ADHDの中東漂流記 ~第二章~

そうして空港で丸1日トムハンクスした私はある一つの事実に気づく。昨日空港に到着してから1日経っても警備員の顔ぶれが変わっていない事に。気になったので彼らにその事について尋ねてみると、「シフトは24時間ぶっ通しだよ。休憩もないけど週休3日だから悪くないよね。」私は返す言葉が見つからなかった。和民もびっくりのブラック空港である。しかも彼らの守備範囲は基本半径10mくらいであり、彼らはそこをずっとウロウロしている。ここには労基など存在しない。

他にも、空港に1日もいると多種多様な人間の人生が見えてくる。心待ちにしていた海外旅行がようやく実現し、和気藹々とフライトを待つ家族、空港で密かに祈りを捧げる敬虔なイスラム教徒、ラップトップを開き1秒たりとも無駄にするまいとの気概を見せるサラリーマン、フラットシートを一列陣取って異臭を放ちながらNetflixを見る青年。これは私である。

しかし、空港に丸一日滞在すると言うのは並大抵の事ではない。意味もなく乗るはずもない便のゲートに並んでみたり、金もないのに免税店に並ぶロレックスを物色して訝しげな目を向けられたり、カチカチの椅子で横になるも寝られなかったり、あれこれ試みるが一向に時間は潰れない。待つべきフライトもなく、暇を持て余した神々の遊びは一向に終わらない。

最初に遅延した便や、その後取り直したもののキャンセルされた便の払戻しやサポートを要求するべく、航空会社に電話しまくるものの、彼らの回答は一向に要領を得ず、助けにならない。とうとう痺れを切らした私は、もう一度Transfer Serviceに向かい、違う担当者との交渉を試みる。すると彼女は満面の笑みでこう言った。「え、タダで新しい航空券取り直せるよ。なんでもっと早く言わなかったの?」

言ったわい。

この24時間は何だったのか。もう何も言い返す気力がなくなった私は、とにかく彼女に任せて新しくサウジ行きの航空券を取ってもらう事にした。時は既に3月10日午後3時。成田空港を発ってから27時間が経過。実を言うと、この時点では元々取っていたサウジ発ローマ行きの午後9時の便にまだ間に合うのだ。元々、往路計46時間の旅を予定しており、乗り継ぎのため、サウジ空港で約1日待機する予定だった。なので、今すぐスリランカを脱出し、サウジに着いて午後9時の便に乗ればローマまでは予定通りの旅を送ることは出来たのだ。

そうして、彼女が「新しい航空券を取り直すので30分後にまたここに来て。」と言ったので、ぶらぶらして戻ってくると、「ごめん、まだ出来てないので15分後にまた来て。」と言われる。仕方ないので、再度時間を潰して戻ってくると「後20分。」

今度こそと意を決して向かったところ、彼女はこう言った。
「ごめん、私上がりの時間になったから違う人に引き継ぐね。」

その瞬間私の血圧は300ぐらい上昇した。ギア2くらい上昇した。全身の血液が高速で体内を駆け巡り、ゴールドジムでBIG3を30セットかました直後くらいのパンプアップを感じた。

そして、引き継いだ男がのちのA級戦犯となる。

前述の通り、散々待たされた私に対して彼は「今から取るから30分待ってて。」と平然と言い放つ。腑が煮えくり返りながらも30分間従順に待ち続けた私は再度カウンターに向かう。「もう出来た?」と聞くと彼は「後15分待って。」と言う。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。

彼らは本当に約束を守らない。ADHDの私よりもはるかに時間を守らない。彼らが社会に通用するのなら私はこの国で大統領にだってなれる。そもそも航空券の発券に何故そんなに時間がかかる。空港と航空会社の連携取れてなさすぎやしないか。それとも未だにWindows95でも使ってんのか。とモヤモヤしているうちに約束の時は来た。

彼は遂に航空券を取得した。待ちに待った末に漸く私は勝利を掴み取った。しかし、良い事の後には必ず悪い事が起きる。ホッとしたのも束の間、新たな不安が私の頭をよぎった。

なんと、彼が取ったのは18時スリランカ発サウジ行きの便だった。(前述の通り、21時サウジ発ローマ行きの便に間に合えばOKなのだ。しかし、スリランカ→サウジは通常3時間以上かかる。義務教育レベルの算数が出来れば、いかに危ない橋かがわかるだろう。)私は、隣町の小学校への転校初日くらい不安になり、彼に「これ間に合わなくない?大丈夫?」と聞いた。しかし、彼は朗らかに「絶対間に合うから大丈夫!間に合わなかったら電話して。」と即答した。私は他に為す術もないので、彼を信じる事にした。

そして、フライトの時間はやってきた。私は、青森から上京してきた大学生のように、ようやくスリランカを脱出できるという喜びと、不安でいっぱいな気持ちを胸に飛行機に乗り込んだ。。。



しかし、案の定フライトは間に合わなかった。



こうして、スリランカを脱出したものの、サウジ→ローマ行きの便を逃した私は、サウジアラビアでさらなる地獄を経験する事となる。


*次回に続く


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