【書評】『舟を編む』-辞書とは、言葉の海を渡る舟だ
三浦しをん・著
--------------------
『舟を編む』は、中学か高校の頃に親に手渡され読んだ思い出がある。
そしてその先の現代まで、ずっと心に残っている本の一つだ。
「読んでよかった」
そう思わせてくれる作品だ。
◆書評
「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」
膨大な量の言葉の数々を大海原と例え、
言葉を選び取る為の“道しるべ”を舟で例える。
人は、思いを誰かに届けるために
無数の言葉の中から、適切な言葉を選び取る。
もっとも正確に、心の内の思いを伝えるために。
辞書とは、大海原のように広がる無数の言葉の中から、より心に相応しい言葉を選ぶ手掛かりとなるものだ。
--------------------
この物語は、そんな辞書を編纂する辞書編集部で働く人々の情熱を描いた物語である。
辞書を一から編纂する大変さを、リアルな人間模様を絡めて語られる。
辞書編集部で働く人々はさほど特別な人々ではない。
普通の人のように生活をし、仕事に悩み、恋をする。
ただ、普通の人と異なるのは、少しだけ言葉と深く向き合っているだけ。
そんな言葉に魅入られた人間の紡ぐ言葉は、どこかこだわり深く、変幻自在な生き物のように、感情豊かに感じられる。
この物語を読んだ後は、言葉に対して少なからず意識するようになるだろう。
そして辞書に対しても、なんだか愛らしく感じるようになる。
--------------------
- 以下感想(ネタバレも含む)
恐らく辞書に一番触れていた小学生の頃、特に辞書に対して何らかの思いもなかったが、
辞書の紙だけは何となく好きだった。
小学校で配られる教科書やプリント用紙より薄く、独特のしっとり艶々感。しかし写真紙のような艶々とはまた違う。辞書を引くときのその紙の感覚だけは何故か心に残っている。
そうしてこの物語を読んだら、あの時の辞書の紙を形容する言葉が出てきた。
「ぬめり感」
確かに!と思った。そうか辞書の紙を形容する言葉は「ぬめり感」だったか。ものすごく腑に落ちた。
なので、と繋げて良いものかとは思うが、この物語で一番好きなシーンは第四章の、辞書の紙を開発する様子を描いたシーンだ。
辞書編集部の新人岸部みどりと、製紙会社の宮本さんを中心に描かれる紙の開発秘話はとても情熱的で心躍った。辞書の専用紙に関わる大勢の人々、紙を漉く抄紙機の導入、大量のサンプルと、専用紙を製作する為に試行錯誤する様子は手に汗握る。遂に《大渡海》専用の紙が開発された際には私自身嬉しくて感極まった。家にある広辞苑第六版を触りに行った程だ。
上記のエピソードだけでなく、『舟を編む』には多くの辞書を編纂する上での苦労が描かれる。しかしその一つひとつが、情熱的で人間味溢れるエピソードとなっていた。(恋愛要素も含め)
--------------------
最近は辞書よりもグーグル検索の方が利用される世の中になってきたが、私は正式な言葉の意味を求める際には今でも辞書を引く。
そしてその度にこの物語を思い出し、辞書に関わったであろう人々に思いを馳せる。
きっと、この物語を読んだ人の誰もが、
本棚に仕舞われた辞書を改めて手に取ることだろう。
--------------------
-《心に残る言葉の数々》
最後に、『舟を編む』作中で心に残った言葉を一部記そうと思う。
言葉を編んだ辞書をテーマにしているからだろう、紡ぎ出される言葉の数々は美しく豊かだ。
◆著者紹介
著者である三浦しをん(みうら・しをん)さんについて、
1976年東京都出身。2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で作家としては初めてとなる日本植物学会賞特別賞を受賞。その他の小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』等、多数の著書がある。
作風としては、リアリティのある舞台設定の中で、懸命に自分と向き合い、何かに一生懸命に取り組む人々を描いた作品が多いことが特徴だ。
『舟を編む』は、2013年に松田龍平主演で映画化、2016年テレビアニメ化、また2024年2月より池田エライザ主演でテレビドラマ化が予定されている。(2023年11月現在)
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?