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ロング・キャトル・ドライヴ  第七部 連載 1/3「猫と蹄音の夜」

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これまでのあらすじ

フェルディナンドとユーレクの元に腕利きの刺客アンディーが差し向けられる。

ノックスビルのダウンタウンで
ついにアンディーは標的の二人を捉える。

兇弾が二人に向けられて放たれた刹那__

疾風のように駈け抜ける白馬の幻を見た。


第七部



アンディーが引鉄を引いた刹那__
疾風が駈け抜ける。

目にも止まらぬ速さで何かが通り抜けたのは
アンディーには白馬に見えたが
その姿は幻のように消えてしまった。

アンディーにとっては至近距離とも言える
絶好の機会にもかかわらず
初弾を外してしまった。

街は突然の銃声に驚いて
逃げ惑う人々でごった返し
その人混みを縫うように標的が逃げていく。

もう一発は手応えがあった。
標的の少年に命中したようだ。
だが急所に仕留められなかったようだ。

(ちっ!俺としたことが。)

少年は脇腹を抱えながら幌馬車の陰に隠れた。

馬車の架台の向こう側には
ブーツのつま先がが見え隠れしている。

二人が隠れている位置を見当して
架台の向こう側にいるであろう標的目がけて
狙撃を繰り返す。

アンディーは少年二人の反撃を警戒しながら
間合いを詰めていく__ 。

(確実に狙いは外していないはずだが?)

どうにも気配がない__ 。

アンディーは二人が隠れている架台に
近づいてみると
そこには彼らの姿はなかった。

アンディーが遠目に見えていたのは
脱ぎ捨てられたブーツのつま先だったのだ。

標的の少年にまんまと一杯喰わされ
煙に巻かれて逃してしまった。

(あの白馬の幻は何だったのだろうか?
あの初発さえ外さなければ
仕留めていたというのに。)

アンディーは脱ぎ捨てられたブーツを見つめ
肩で息をついた。




俺たちは慌てふためきながら
幌の架台から荷袋を抱え込んだ。

ユーレクが小声で
「囮を置いて逃げよう。」と云ふ。

発砲音の方向からは幌馬車の架台が死角になり
ブーツを囮にして俺たちはその場から逃げた。

逃げている間に発砲音が遠ざかっていく。

(なんとか逃げきれたか?)

ユーレクは脇腹を打たれていたためか
安堵した瞬間に痛みで座り込んでしまった。

突然のことで混乱していたが
何者かが俺たちを狙っていることは明らかだ。

まだ完全に逃げおおせた訳ではない。
裏路地に行くと
材木が立て掛けてある小屋があり
その陰に身を潜め
ユーレクが負った傷の様子を診る。

ユーレクの脇腹の腰骨の少し上あたりを
弾が貫通して肉がえぐられていた。

荷物のほとんどを置き去りにしたために
大した手当てさえ出来ない。

「なあに。たいしたことはないさ。」
とユーレクは強がっていたが
やはり痛いのかしかめっ面をして

「しばらく横にさせてくれ。」
と云った。

ユーレクは脂汗をかいて横臥せになって
動けないでいる。

俺たちは為す術もなく
身を潜めて回復を待つしかなかった。 

どれくらいの時間が経っただろう。

俺は時折り材木の隙間から外の様子を窺う。
あたりはもうすっかり日が落ちている。

裏路地にはガス燈が点り
月明かりの下に一匹の野良猫が佇んで
俺たちの様子を窺っている。


「なあ?俺たちなんで狙われてんだろ?」
俺は野良猫に向かって独り言を呟いていた。

猫は首を傾げるようにして
一瞬目をぎゅっとつむって欠伸あくびをする。

その振る舞いが
(そんなことアタイに関係ないさ。)
とでも言いたげに思えた。

俺の独り言への返事をしてくれているような
可笑しみを感じた。






アンディーはノックスビルの街中を練り歩き
標的の少年たちを探していた。

狙いを外したことが余程悔しかったのか
まんまと逃げ切られたことに対する
この道のプロとしてのプライドが傷つけられ
躍起になって探している自分を省みる。

(今夜の俺は冷静さを欠いてる。
奴らはそう遠くには行ってないはずだが。)

アンディーが路地裏の通りに入ると
猫が一匹居る。

フェルディナンドとユーレクが隠れている
木材置き場に向かって
「ニャア. . . ニャア . . . 。」と鳴いている。

(誰か居るのか?)
アンディーは銃を抜いて警戒を強める。

夜も更けていることもあり
木材の陰で途方に暮れている少年の姿は
アンディーには見えていない。






フェルディナンドの目線に戻る。

(誰かがこの通りに近づいてくる?)

俺は助けを求め声を掛けようとした瞬間__

男の影は銃を抜いて近づいてきた。

(えっ?これってひょっとすると . . .
俺たちを狙っていた奴か?)

月明かりがアンディーの顔を照らす。

俺には暗がりで顔がよく見えなかったが
この男の放つ尋常でない殺気に戦慄が走った。

裏路地の猫はさらに
「ニャア、ニャア」と鳴き止まない。

猫の様子から、男は俺たちに気付いたのか
木材の陰を覗こうと近寄ってくる。

その時__
暗がりから一匹の仔猫が飛び出してきた。

男は咄嗟に発砲する。
"パン"という音が路地に響き渡る。

仔猫が親猫に寄り添う姿を見て
男は
「なんだ?猫か。チェッ. . .
まったく今日はどうかしてるぜ。」
と吐き捨てた。

しばらくすると
何か別の足音__
馬の蹄の足音が近づいてくるのが聞こえる。

(なんだろう?誰か来たのか?)

男は足音に気付いたのか
一瞬、夜空を見上げて
肩で息をついた仕草をした。

「チェッ!」と舌打ちしたかと思うと
俺たちが隠れている場所から離れていった。






猫の親子たちは偶然にも
刺客アンディーの手から
フェルディナンドと手負いのユーレクを
守った形になる。

猫の目に映っているのは夜に駆ける馬の姿__
蹄音の主である。

蹄音の主は白い立て髪を揺らして
遠くへと消えてゆく。

猫の親子は神秘なる主の姿を見届けている。

人間たちには__
けして見ることは出来ない。

俺は月明かりに照らされた猫が
遠くを見つめて何を考えているのかは
知る由もない。

今はただ__
ユーレクの回復を待つしか無かった。






           《つづく》
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