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ロング・キャトル・ドライヴ  第四部 連載3/4「ワイン色の虚実」

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これまでのあらすじ

慈善事業家のジェームズは
フランス政府の特命を請け
アメリカに渡航した若者達を南軍に送り込み、
アメリカの分断を謀る活動家であった。

ヒューゴへの想いを募らせる
アレクサンドラは
ある日__
ジェームズとヒューゴの会話を聞いてしまう。


その夜__
ヒューゴはいつものように
明るく屈託のない話で場を盛り上げていた。

母ヴァレリーとアタシたち姉妹は
いつもと変わりなく手料理を振る舞い
歓談に花を咲かせる。

ジェームズは地下にあるカーヴから
大切にしまってあった
自慢のコレクションの中の
ブルゴーニュ産のワインを開栓する。

「さあ!ヒューゴ君。今宵はとっておきの
フランス・ワインを我ら同志のために
乾杯しよう。」

ジェームズは
ワイン・グラスを揺らしながら
芳しい薫りを愛でるようにして
口に含んでいく。

ヒューゴも同じく
ワインを口に含んでみる。

高貴な薫りがする。
ヒューゴにとっては郷愁と云っていい。
華やいだパリの街並みが目に浮かぶ。

喉元を過ぎゆくにしたがい
紅の血潮が身体中の隅々まで流れていく。
まるで心と身体が溶けるように
酩酊する感覚であった。

宴もたけなわになった頃合いで
ジェームズは騎士道について語り出す。

ジェームズは
ワイングラス越しに映る
ヒューゴに向かって問いかける。

「時にヒューゴ君。
騎士道で最も必要な物はなんだと思うかね?」

ジェームズが発する問いかけは
ヒューゴにとって、南軍への帰属を促すように
聞こえてくる。

窓を背にしたジェームズの背景から180°旋回し
ヒューゴが答える番へと場面が切り替わる。

ヒューゴは
「忠誠心、名誉と礼節です。」と答えた。

少しの沈黙の間__
ヒューゴの背中の向こう側にある
格調高い振り子時計がチクタクと
時を刻む音が聞こえてくる。

「ヒューゴ君。何かが足りない気がする。」
声の主の方__
ジェームズへと、またもや場面が
180°旋回する。

ジェームズはワイングラスを見つめながら
「貴婦人への愛だ。」と答える。

ヒューゴは
「愛?それは何故に
そう思われるのでしょうか?」

ジェームズは
「強きをくじき、弱きを助く。
私は思うに、これがすなわち
愛であり騎士道たらしめる所以なのだ。」

ヒューゴは激しく酩酊しているのか、
ジェームズとの会話の間、
時計の時を刻む音がだんだんと大きくなる
感覚に襲われる。

会話する二人以外の背景が
走馬灯のようにぐるぐると巡り回っている。

(今夜は酔いが回っている。)
とヒューゴが思った矢先のことである。

ジェームズが
「君が軍に帰属するならば__
我が娘を娶らせようではないか。」

その瞬間__
巡り回っていた世界はピタリと止まり
ヒューゴの背後にある振り子時計が
静寂を破るように鳴りだした。

ジェームズは
ジーッとヒューゴを見つめる。

ヒューゴにとっては、心の奥底まで
見透かされているように思えた。

母ヴァレリーや双子姉妹も
ジェームズの言葉に呆然としていた。

アレクサンドラは
ヒューゴを見守るように遠い目をしている。

一瞬、ヒューゴと目が合う。
彼の瞳に宿る一抹の不安をアレクサンドラは
感じとっていた。 

一同が沈黙をする中で
時計の鐘の音が鳴り響いていた。

ジェームズは
「私も酔いが回ってきたようだ。
だがな、私は本気でそう思っている。」
と付け加え
結論は急がない旨を皆に伝え、話題を変えた。

それからはいつもの調子で歓談は続く。

夜更けになって
「エイプリルレインさん。
お気持ちありがとうございます。
今宵はお招き頂き光栄でした。

それでは皆さまありがとうございました。」

ヒューゴはそう云って
夜の帳の中を帰路につく間

(このまゝではいけないな . . . 。)

と考えこむ。

帰路を照らす月明かりが
薄曇りの空におぼろげに光っている。

ヒューゴの胸中を察するかのように
夜空も優しさと哀しさが入り乱れる。

どこか遠くでコヨーテの遠吠えが
幽かに聞こえていた。




それから数日後
ヒューゴが南軍へ帰属したことを
ジェームズから知らされる。

ジェームズは
「アレクサンドラ、ソフィア。
明日はデビュタント・ボールだ。」
《上流階級の舞踏会》

いわゆる社交界デビューであるが、
参加条件は厳しく名家の子女に限られる。
デビュタントとは__
つまるところ、大人のレディーとして認められ
恋愛結婚の対象となったことを宣言することに
他ならない。

「お前たちなら、きっと社交場の華となる。」
とジェームズは云ふのである。

(ヒューゴとの約束はどうするの?)
アタシが思ったと同時に
アレクサンドラが訊ねる。

「ヒューゴは軍隊に入ったの?
なら、アタシは舞踏会には行かないわ。」
 
アレクサンドラが継父の意向に反抗したのは
初めてのことだった。

ジェームズは
「おや?ヒューゴ君は単身フランスから来た
ただの労働者だよ。

しかし、今回のデビュタント・ボールでは
南部でも有数のプランテーションの子息が
一堂に会する。

お前たちなら、もっと素晴らしい婿殿が
相応しいのだよ。」
と諭すように云った。

当主であるジェームズの決定は絶対だった。

「準備をしておくように。」
ジェームズはそう言い残して
この場から立ち去っていった。

アレクサンドラは
あの密室での会話を聞いて以来、
継父ジェームズの肚黒さと云ふものを
許すことが出来なかった。

(哀れなヒューゴ . . . 。)

アタシには母ヴァレリーの様子が
なんとなく寂しげに見える。

アレクサンドラは大粒の涙を流し
「私. . . 。聴いてしまったの。
ヒューゴさんは軍隊には入りたくないって。」
とすっかり憔悴しきってしまった。

アタシは心の中で
(ヒューゴさんはどう考えているのだろう?
男の人って、プライドとか立場に捉われて
物事を決めてしまいがちだから。)

双子と云っても
アタシとアレクサンドラはずいぶんと
性格が違っていた。

姉のアレクサンドラは繊細だけど、
大胆な行動力を持ち合わせていた。

アタシは、そんな姉のことを尊敬していた。

長所短所は表裏一体で
まるで性格の違うアタシ達姉妹は
お互いのバランスを補いながら
支え合ってきた。

(ヒューゴさんのことも心配だけれど)

「アレクサンドラ . . . 。
泣かないで?お願いだから。」

アタシはアレクサンドラの背中をさすり
ハグをする。

そして、母ヴァレリーも
アタシ達姉妹を無言で抱きしめるのだった。




ヒューゴは南軍に帰属することとなった。

その日を境に、
アレクサンドラは吹っ切れたように
父が連れてゆく社交場で輝きを見せた。

白いドレスコードにアルビノの肌色は
眩ゆいばかりの存在感を放ち
史上最高のサザン・ベルと周囲の羨望を
一身に集めるのであった。

ある男がアレクサンドラに声を掛けてきた。

「はじめまして。ジェイコブ・ロバーツです。

あなたのような
お美しい方にお目にかかれて光栄です。

ご一緒にダンスは如何でしょうか?」

アレクサンドラも笑顔を振る舞い
「あら?はじめまして。
アレクサンドラ・エイプリルレイン
と申します。」

ジェイコブは
(この女をモノにしたい。)

その透き通るようないで立ちを見た途端に
ジェイコブの中にある強欲の炎が渦巻くのを
感じた。

姉はジェイコブにエスコートされて
アメリカンスムースと呼ばれる社交ダンスを
踊りだす。
ジェイコブはよほど慣れているのか
ダンスもかなり上手であった。

アレクサンドラは
ジェイコブに身を預けている間、
とてつもなく虚ろであった。

(なにもかも、父上の掌の上で
踊りを続けなければならない。)

ガットリンバーグからナッシュビルへ来て
約1年が経つ。

(幸せとはなんだろう?)
ヒューゴを失ってしまってはいけない。

(彼を助け出さなければ . . . 。)
アレクサンドラの中に芽生える
ある沸々とした想い__

あの時のアタシには、
姉が破滅していくことを
止めることが出来なかった。



          《つづく》
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