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ロング・キャトル・ドライヴ  第六部 連載 4/4「蛇の目の刺客」

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これまでのあらすじ

"コットン・キング"ジェイコブに宛てられた
一通の電報は
"フライング・ハイ"元保安官トーマスからの
連邦逮捕状であった。

しかし、地元の司法権さえも牛耳っている
ロバーツ家には及ぶ術もなく
その報復工作を講じるよう執事に命令する。

トーマスを追い詰めるための恫喝として
鷹の生首が送りつけられてきた。

すでにトーマスの身の回りに危機が忍び寄る。






「ジェイコブ・ロバーツ氏の逮捕について
連邦法第4条は適用されない。
事由:サザン・ベル溺死事故から30年以上
歳月が経過しており
本件の刑は時効に値する。」

とトーマスの元に電報が届いた。

それどころか
こちらの州保安局の連中も巨大な権力からの
報復を恐れてか捜査の追及が及び腰であった。

事件の鍵を握ると思われる遺留品や
検死鑑定のカルテなどを
上層部から焚書するように命令が下された。
これはトーマスの読み通りであった。

(やはりな。思った通りだ。)

証拠になりうる遺留品やカルテの原本は
今頃はガットリンバーグの墓中へと向かう
少年たちの幌馬車の中だ。

(彼等の無事を祈ることしかできない。)

天の配剤は
それぞれに与えられた能力や資質、機会など
一人ひとりに違った形で現れる。

フェルディナンドとユーレクと
出逢ったその日__
トーマス自身ではどうしても
埋めることが出来なかった心の地図に
その一片を持ち合わせたかのように
一瞬にしてピタリと当て嵌まった。

人生とは不思議なものだ。
追い求めていた答えは色々な所に潜んでおり
だからこそ面白いとも言える。

この歳老いた元保安官は生涯を懸けて
この世の正義というものに対して
自分なりの答えを出そうとしていた。






メンフィス郊外 ロバーツ邸にて


ジェイコブは
「当時の犯行を示す証拠は始末出来たのか?」
と念を押す。

ブラウン局長は気まずそうに
「それは . . . 他州の管轄では至らぬことが多く
証拠となる遺留品や検死結果が
忽然と行方知れずとのことです。」

ジェイコブは怪訝けげんそうな顔で

「あの"フライング・ハイ"のことだ。
何か決定的な証拠掴んでいるに違いない。」
とジェイコブは気を揉んでいた。

(ほんの少しの綻びも見せてはならぬ。)

この執念深く用意周到な男には
妥協するところがない。

ブラウン局長は
「その他の気になる点ですが、
たしか報告によると
遺体を発見した二人の少年達は
もう一人のサザン・ベル__
ソフィア・エイプリルレインと縁あって
旧知の仲とのことです。」
とフェルディナンドとユーレクの似顔絵を
ジェイコブに渡して情報を伝えた。

ジェイコブは眉をひそめ
「ソフィアと言ったな?
たしかあのナッシュビルの家系は断絶して
彼女とアレクサンドラの母親は
生まれ故郷に帰っていったはずだ。」

ブラウン局長は
「なんでも少年達は『ヒューゴの遺骨を
アレクサンドラの下に帰してやりたい。』
と申し出たそうです。」

ジェイコブはブラウン局長の報告を
じっと押し黙って聴き入っていた。

(今どき奇特な人間も居るものだな . . . 。)

しかし何故か釈然としない。
年若い少年たちは何故に
ソフィアやアレクサンドラのことを
知り得たのだろうか?

それともこの度の遺体で発見されたヒューゴの
親類なのであろうか?

ジェイコブの中で疑念が渦巻く。

疑念に囚われると人を信じたり許すことが
出来なくなる。

そのような感情の負のスパイラルは
底知れない黒い感情のうごめく蟻地獄へと
引き摺り込まれる焦燥感に苛まれ
やがて絶望へと変わる時__
人間の持つこの世への怨みや憎悪といった
さらなる地獄の闇へと引き摺られてゆく。

このジェイコブという人間の哀れなところは
生涯において身の回りで彼を諌める者が
たれ一人として居なかった点に尽きる。

ジェイコブは執事を呼び出して
「フェルディナンド・ランスキーと
ユーレク・ボリセヴィチ
二人とも年齢は17歳の少年だ。
彼らを探し出し俺のところまで連れてこい。」
と命じるのだった。




こういったジェイコブの指示は執事を通じて
裏社会に精通した人物の元に依頼される。

彼らは賞金稼ぎとして生業を立てており
中には凄腕の狙撃手も居た。

南北戦争後のアメリカは
加速する近代化の中にあっても
"己の身の安全は己自身で行なう。"
と言った風潮が根強かった__ 。
(それは現代においても変わりはない。)

この頃のバウンティ・ハンターと呼ばれる
賞金稼ぎはお尋ね者を捕らえようと
時に銃撃戦になることもしばしばあった。

それは表の世界であっても苛烈であるのに
ジェイコブがお抱えの狙撃手の連中たちは
裏社会で高い報酬を得る
プロフェッショナルの殺し屋hit manである。

(17歳の少年たちにこのような輩を
差し向けるとはあまりにも酷なことだな。)

と執事は内心思いながらも
隣州メンフィスの待ち合わせの酒場に向かう。

酒場のカウンターの片隅に佇んでいる
テンガロン・ハットを目深に被った男が居る。

男の名前はアンドリュー・フィッシャー
蛇の目Double-ring"と云ふ通称で呼ばれている。

ジェイコブが事あるごとに依頼する
ヒットマンの内の一人であった。

執事は
「やぁ、待たせたな。」と静かに声を掛けた。

「また、アンタか . . . 。
んで?どんな用件なんだい?」
とアンディーは応える。

執事は
フェルディナンドとユーレクの似顔絵を見せて
「彼らはガットリンバーグに向かっている。
ご主人様の元へと身柄を引き渡すようにと
仰せつかっているんだ。」

執事は札束をテーブルに置く。

アンディーがテンガロン・ハットで覆い隠し
ハットの隙間から除くようにして
「50か?」と訊いた。

執事はコクリと頷き
「50ドルだ。」

「問題は無かろう。」と握手を交わし
アンディーは食い入るように似顔絵を眺めて
二人の特徴を聴き出すのであった。






ノックスビル ダウンタウンにて


アンディーは標的を仕留めるために
ガットリンバーグの山奥の深い村ではなく
その近郊にある大きな街__
ノックスビルで機会を窺っていた。

西へ行くための拠点として栄えた
宿場町でありアパラチア山脈を越えて
開拓者たちが西へと旅立ってゆく。

(東から往来する旅人を注意すれば良い。)

標的を探し出すことに関しては
野性的な嗅覚と合理的な思考を巡らせ
どのようにすれば良いのかを
この男は要領を知っている。

西からノックスビルへ立ち寄る際にカンバーランド通りがあり、
ダウンタウンへ行く道が分岐するため
アンディーはカンバーランド通りの三叉路の南
丘陵地帯の高台から監視を続けていた。

画面左端の赤丸地点から監視
画面中央がダウンタウン


アンディーは西に向かう旅人を眺めている。

幌馬車に夢と希望を詰め込んだ大勢の
旅人たちを見ていると

(所詮は俺には無縁の世界さ。)

アンディーは標的を待っている間
物想いに耽っていた。






アンドリュー《アンディー》の生い立ちは
アメリカ中央のミシシッピ川沿いの
メンフィスで生まれた。
彼は先天性のオッドアイ《左右の瞳の色が違う》であった。

物心がついた頃の記憶では
年老いた父ウォルトに育てられ
14歳離れた姉ナタリーが居た。

ナタリーは精神を病んでおり別室に引きこもり
アンディーは幼かったため
姉と話した記憶はほとんど憶えて無かった。

アンディーが記憶にあるのは
まだ3歳で物心がつき始めた頃に
ヨチヨチ歩きで住んでいる家から
遊びに出掛けた時
樹木から何やら釣り下がっている。

(へんなの?へんな木の実だな。)

幼いアンディーが近づいでみると
吊り下がっているのはナタリーであった。

幼いアンディーは
「お姉ちゃん?遊ぼうよ!
ぼくと一緒に遊ぼうよ!」と声を掛ける。

だかナタリーは無言である。

父親が血相を変えて駆け付けてきた時には
ナタリーは動かなかった。

父親は泣き叫びながら
首を吊ったナタリーを介抱し
「あぁ神よ!なんとご無体な . . . 。」
と泣き崩れていた。

「どうしてお姉ちゃん動かないの?」
"死"ということを理解するには
アンディーはまだ幼過ぎたのだった。

その日を境に父のウォルトは
どんどん老け込んでゆき
アンディーが10歳になった頃には
病で臥せてしまい亡くなってしまった。

ウォルトはその今際の際に
「ナタリーがアンディーの本当の母親で
ワシはナタリーの父親__
つまりアンディーはワシの孫なのだ。」
と告白したきりこの世から逝ってしまった。

自分自身のルーツの詳しいことが
何も知らされることのないまゝ
天涯孤独となったアンディーは
少年ながらにして大人の中に混じって
水夫として働くことで自らの生活の糧を
得るしかなかった。

転換期は迎えたのは16歳の時
若くして南軍に属したことによる。

アンディーはとりわけ銃の扱いが際立っており
長距離からの狙撃の才能を買われ重用された。

アンディーの手にかかれば
銃身の先端にある照準の先に
豆粒くらいに見える人が
引鉄を引けば弾け飛ぶように死んでいく。

まるで神に代わって生殺与奪の権利を
与え給わった英雄の如き錯覚に陥るのだった。

アンディーは何かに取り憑かれるように
ひたすら精密機械のような殺戮を繰り返す。

その正確無比な狙撃は
彼の身体的特徴であるオッド・アイから
蛇の目Double-ringに睨まれたら最後"と畏怖された。


しかしながら南北戦争は北軍の勝利に終わる。

内戦後のアンディーは元の水夫に戻って
黙々と仕事をしていたが以前とは何かが違う。

人を殺めることを経験したアンディーは
自らの持つ才能である狙撃の特異能力が
戦時以外では必要とされず不満を抱えていた。

彼自身のアイデンティティは
普段の生活の中ではその輝かしい才能を
埋没させてしまっていることに満足出来ず
彼自身がおのずと市井の暮らしから
遠ざかり
裏社会での生きる道しか
考えられなくなってしまっていた。




アンディーは東から来る幌馬車を見つけた。

肩からぶら下げたカールツァイス製の双眼鏡で
確認する。

さすがに遠目からでは似顔絵との判別は難しく
それでも容貌は若い少年二人であることは
なんとなく分かった。

アンディーは高台から降りて
二人を追うべく尾行を開始した。

ダウンタウンに続く道を行く
フェルディナンドとユーレクの影に寄り添い
遠巻きに刺客アンディーの足音が忍び寄る。

標的の少年二人はゲイ・ストリート目抜き通り
に差し掛かり街並みを物色している。
おそらく馬宿を探しているのであろうか。

アンディーは先回りして
パトリック・サリバン・サルーンの屋根の上で
待ち伏せている。 

(間違いない。俺の標的だ。)

銃身の先端が似顔絵の少年に向けられる。
アンディーは何の躊躇ためらいもなく
引鉄を引いた。





その瞬間__
白馬が立て髪をなびかせて
アンディーの眼前を疾風の如き速さで
駈け抜ける幻が見えた。




話は第7部へとつづく__


         第6部《完》
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この物語はフィクションであり、登場する人物名は実在の人物とは何ら関係がありません。

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