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ロング・キャトル・ドライヴ  第二部 連載 2/4 「追跡」

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これまでのあらすじ

不思議な夢の啓示に従い
セントルイスからナッシュビルへと
進路を変更する。

たれにも縛られない少年二人の旅は続く。

ボルチモアに居るフェルディナンドの父親は、息子の長引く不在を調べ始める。 



「ご主人さま。お呼びでございますか?」

ランスキー邸のハウスキーパーである
オリヴィア・ミラーは長年にわたって、
この男に仕えている。

「フェルディナンドのことなんだが、
もうかれこれ半月ほど姿を見ない。
奴のことで知っている情報があれば、
俺に知らせるんだ。」
とコンスタンティは言い放つ。

オリヴィアは
「わかりましたわ。」
そう言って、主人の意とする旨を理解し、
踵を返すように退いていった。

コンスタンティは
オリヴィアに任せておけば
他に居る女中達の取り仕切りも厳しく管理し、
如才ない仕事をすることを知っていた。


オリヴィアは女中達を玄関ホールに呼び集め

「たれかフェルディナンドさんのことを
知っていたら教えてちょうだい!」

しかし、女中達は押し黙っていた。

オリヴィアは舐め回すように
女中達一人ひとりの顔を凝視する。

「匿っていたりしたら、解雇にするわよ!」
と語気を強める。

女中のうちの一人がワナワナと震えだす。

オリヴィアは、その女中の前で
射抜くような目つきで睨む。

「あなた?何か知っているわね。」




その頃、俺たちは
デイトナ〜シンシナティの街並みを過ぎ、
オハイオ川沿いを進んでいたが、
運悪く、川が氾濫する程の大雨に遭った。

道中、水浸しの悪路を進まざるを
得なかったせいで、
幌馬車の車輪がぬかるみに嵌まった。

ユーレクは馬上から
「おーい!フェルニー、大丈夫か?」
と心配している。

俺は手綱を振るって、馬たちを励ますが
馬たちも脚がぬかるみに取られているのか
なかなか前に進めないでいた。

俺は御者台から降りて、
「おーい!ユーレク。後ろから馬車を押すから
手綱を持っておいてくれないか?」
と声をかける。

後ろから懸命に馬車を押すがびくともしない。

「あゝ、チキショウ!
こんなところで立ち往生かよ!」
雨に打たれていることもあり、
俺は焦りと苛立ちが募る。

ユーレクが
「こいつは災難だ。フェルニー代わってみろ。
俺は六つの頃から、重い牛乳瓶を
押してたんだから。」

ユーレクは俺と交代して
後ろから馬車を押し出すと、
ジリジリと車輪が動き出す。

(すごい力だ__。)

「今だ!車輪の下に板を入れてくれ。」とユーレクが叫ぶ。

「ユーレク。合点だ!」
俺は馬車内から薄い薪の板を取り出して
車輪に噛ませると

「うぉぉぉぉぉっ!」とユーレクが
さらに気合いを入れる。

すると馬車の車輪が板の上に乗り上げた。

すかさず、俺は前方に回り込んで、
馬の手綱を引っ張り、馬を誘導すると
幌馬車はようやくぬかるみから脱出した。

しかし、これで終わったわけではない。

豪雨の中、俺たちは泥だらけになって
まるで、色のないグレーの世界を
彷徨っているようで
殺風景な道のりが続くのだった。

いつもは軽口を叩いている俺たちも、
さすがにこの状況が続くことに
辟易としていた。

お互いに無言のまゝで
どれくらい歩いたのだろう。

いつの間にかルートを見失ってしまったのか。
豪雨の中では進んでいる方向すらも覚束ない。

あたりも段々と暗くなってきた頃、おぼろげに建物が見える。

「ユーレク!何か建物があるぞ!」
生きた心地のしなかった俺は、
人間の営みを感じられることに、
ようやく元気が出てきた。

「あゝ!橋だな。あすこで少し休もう。」
とユーレクもやれやれと安堵していた。

片田舎には屋根付きの橋がある。
俺たちはそこで雨露をしのぐことにした。

「とりあえず一休みしよう。」
馬たちの手綱を橋の欄干に括り付け、
びしょ濡れになった服の水気を
雑巾搾りをしていた。

幸いにも幌馬車の中には、
少なからず着替えもあり、
乾いた服の軽やかさがこれほどまでに
有難いと思えることも、
この旅における過酷な経験と言えるだろう。

俺たちは幌の中に入り、身を寄せ合うように
横になった。

ウトウトとしていると、
ユーレクが肘鉄を突いて、唇に人差し指を当て

静かにbe quiet__)
と目で合図を送る。

すると、橋を渡ってくる何者かの
足音が近づいてくる。

俺たちは息を潜めて、キャンバス地の布に
全身を覆い隠すようにしていた。

「ハァハァ. . . たれか居るのか?」
幌の外で何者かの声がする。

その声は、しわがれている老人の声に聞こえる。

「ここは天下の往来じゃ。
しかしながら、この豪雨じゃ。
致し方なかろうなぁ. . . 。」
とボソボソした声が幌の中に聞こえてきた。

その時である__ 。
何者かが覆い被さってきた。
鈍い音がしたと同時にユーレクの
呻き声が聞こえた。 

(どうなってんだ?一体?)

頭に鈍い衝撃がはしった。
一瞬にして、意識が遠のいてゆく。

俺にはその後の記憶がまるでない。




舞台はボルチモアに戻る。


リズは日曜日になると、
教会に行って礼拝する。
今、生きていることへの感謝を捧げるのだ。
欠かすことのない習慣である。

そして、聖歌を歌う。
リズの心は平らかに、神への信心に満ち溢れる。

(ユーレクはきっと元気でやっている__。
 あの子には随分と苦労をさせてしまったが
いつも優しい微笑みを私に与えてくれたわ。)

ユーレクはようやく人生が開かれた。
それは、モーゼが紅海を渡る際、
海が二つに分かれるように。

(偉大なる主よ。どうかユーレクに
神のみ名の下、ご加護を与え給へ、
アーメン__。)

教会には聖歌を歌うために、いつもの馴染みの
メンバーが集まるのだが、
今日は、初めて礼拝に訪れた女性が来ていた。

痩せ型の目元の涼しげな中年の女性が
聖歌を歌いに来ている馴染みの連中と
和やかにあいさつを交わしていた。

女性はリズにあいさつに来た。

リズはにこやかに自己紹介をする。
「初めまして。
エリザベス・ボリセヴィチです。」

軽く手を握って、あいさつを交わした。

女性も自己紹介をする。

「初めまして、オリヴィア・ミラーです。」



          《つづく》
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