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ロング・キャトル・ドライヴ  第四部 連載1/4「巴里から来た男」

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これまでのあらすじ

ソフィアが語る生い立ち__

謎に包まれた双子姉妹の半生は
とある実業家との出会いによって
山あいの片田舎からナッシュビルへと
舞台を移す。

生まれついた美貌は都会的に洗練され
誉れ高きサザン・ベルの名声を
得るのだった。


第四部




ソフィアの追憶から
新たに登場するひとりの哀れな若者__
ヒューゴの物語を語らねばならない。


彼の名はユーゴ・サン=シモン
アメリカの地ではヒューゴと呼ばれていた。

二十八歳の端正な顔立ちをしたパリジャンで
黒髪をした覇気のある若者だった。



1863年のある日__

ヒューゴはジェームズを訪ねてきた。

彼は、はるばるヨーロッパから
海を渡って来たばかりである。

ナポレオンⅢ世統治下のフランス政府は
アメリカで国を二分させる南北戦争が
勃発した当初は
北軍側の大義名分が希薄だったこともあり、
優秀な司令官を擁する南軍が
有利との見方が強く、
新大陸に渡航する若者に対して、
積極的に南軍に加担する動きを水面下で
働きかけていた。

エイプリルレイン家は
建国当時、アメリカに入植する以前は
出自がフランスである。

アメリカ南部の人々に色濃く残している
フランスの血筋を受け継いできているという
出自の神話と云ふものを誇りとしていた。

そのような背景もあり
ジェームズは慈善事業として、
フランスから新天地を求めてやってくる
同郷の入植者が生計を立てていけるように
仕事のあっせん````を行っていた。


しかし、リンカーン率いる北軍が
「奴隷を解放する。」と云ふ世論を
推し進め、
人道的な観点から次第に支持を増やし
各地で展開される戦闘で勝利を重ねていく。

ジェームズが経営するホテルは
苦戦が続く南軍側の要請により、
野戦病院として、所有していたホテルを
提供せざるを得なくなった。

そればかりか、フランスから来た若者たちを
南軍の兵士として__
あっせん````を求められていた。


ヒューゴは__
そんな国内事情を知る由もなく、
新天地に夢と希望を馳せて
はるばるとパリの街からやってきた。

政府の思惑などは
何も聞かされぬまゝに
エイプリルレイン家の当主ジェームズに招かれ
屋敷に案内されたのである。

(アメリカに到着して、
すぐにこのような待遇を受けるとは__
まるで運命の扉が開かれたように
幸先が良いな。)
とヒューゴは嬉しさが込み上げる。

名家の屋敷に相応しい広々とした玄関ホールは
見事な大階段があり、荘厳な雰囲気だった。


(余程の名士に違いない。)

ヒューゴは
同郷の成功者からの手厚い歓待を想像し
期待に胸を弾ませながら
当主の出迎えを待っていた。

その時__
玄関の二階にある渡り廊下を見上げると
一瞬、白い人影が通り過ぎた。

ヒューゴは最初は気のせいかと思っていた。


ほどなく、執事が現れる。

「ようこそ。このたびはフランスから
はるばる長い旅路をご苦労様でした。
主人のジェームズが部屋で待っております。」




執事は書斎の前まで案内すると
「ご主人様。ただいまシモン氏が
お越しになられました。」

「あゝご苦労だったね。」と、
部屋の奥から人懐っこい声が聞こえる。

ヒューゴが考えていた厳めしい人物像と違い
意外にも茶目っ気たっぷりの笑顔と
人懐っこい愛嬌のある紳士が現れた。

「私はジェームズ・エイプリルレインです。
ヒューゴ君。長旅ご苦労様だったね。」
とジェームズは握手を求めた。

ヒューゴは
ジェームズの人となりとフランクな対応に
少しずつ緊張が解れていった。

「このたびはお招き頂き、
ありがとうございます。」
と、ヒューゴも手を差し伸べて
握手を交わした。

ジェームズは紳士然とした、
親切な柔らかい口調で語りかけてくる。

「君はパリから来たんだね?

最初に言っておくが、アメリカの__
ことに南部の風習ってものは
パリの都会のように洗練されてないんだよ。

必然、人間の気象も荒々しいし
街の外れに出れば、
インディアン達や野生動物が
いつ襲ってくるとも限らない。

だからこそ、我々同志が力を合わせて
助け合わないと生きていけないんだ。

もし、君に困ったことがあったら
いつでも私を頼って来てくれたまえ。」

異国に来たばかりの若者にとって
地元の名士から支援を受けられることは
心強さを感じられた。

「エイプリルレインさん!
ありがとうございます。」
とヒューゴは笑顔で応えた。

ジェームズは
「せっかくだから、
今晩はゆっくりしておいきなさい。」
と云うと

「シモンさんをゲスト・ルームに案内して。」
と執事に云い渡した。






部屋へと案内をしてもらう際に
執事が云うには
「南部のおもてなしとは、
"皆を平等に愛する"をモットーに
一部のお客様だけを特別待遇することは
普段は滅多にございません。

ご主人様はあなた様のことを
余程お気に召されたかと思われまする。」

これは、エイプリルレイン家の常套句で
いわゆる社交辞令である。

ゲストに対してかける言葉の一言一句にも
ホスピタリティを感じさせる
しつけや教育が行き届いている。

ヒューゴにしてみれば
そんなことは露知つゆしらず

(アメリカとは__
希望に満ち溢れている新天地へと
俺は到着したんだ。)
と感銘せずには居られなかった。

部屋に案内されて
ヒューゴはようやく一息ついた。




ディナーが始まった。

執事にダイニングに案内されると
そこにはジェームズ夫妻と
ハッと目を見張るほどの白い肌の
双子姉妹が出迎えてくれた。

ジェームズは家族を紹介する。

「ヒューゴ君。紹介しよう。
妻のヴァレリーと
娘のアレクサンドラとソフィアだ。」

「ようこそ。ナッシュビルへ__ 。」

美しい双子姉妹の佇まいは、そこに居るだけで
その場の雰囲気を華やかにする。



ヒューゴは
息を呑むような美しさに声を失っていた。

ジェームズはフフと微笑み
「ヒューゴ君。
これが"南部のおもてなし"なのさ。」

ディナーは盛り上がった。

ヒューゴは粋なパリジャンで
アレクサンドラとソフィアにとっては
片田舎で育ったこともあり、
ヒューゴからユーモアたっぷりに
パリの街並みの美しさや
洗練された文化について話を聞かされて
すぐに打ち解けるのであった。

ヒューゴにとってこの双子姉妹との出逢いは
運命的なものを感じる。

(この方達と出逢えたことは幸運だ。
また逢いたい . . . 。)

ヒューゴは
ジェームズの畳み掛けるような人心掌握術に
完全にノックアウトされていた。

嵐の前の静けさ__

ヒューゴと云ふひとりの若者の出現は
双子姉妹にとっても運命的であった。

時代の流れの中で
何かが大きく変わろうとしていた。




          《つづく》
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