ロング・キャトル・ドライヴ 第七部 連載 2/3「彷徨いの森」
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これまでのあらすじ
木材置き場の陰で朝を迎えた。
ユーレクは驚異的な回復力を見せる。
脇腹を貫通した銃創は膿むことなくすっかりと
新しい皮膚に覆われて傷が治っている。
(たった一晩でこんなにも治るものか?)
これまでにも旅を通して
"人喰いクロウ"の爺さんの深手の傷さえも
ユーレクの手当てですぐに治ったことを
思いだした。
ユーレクが云ふには
「大したこたぁないぜ。」と
笑顔を見せる。
俺は昨夜起こった出来事をユーレクに教えると
「なるほど。それで相手の顔は見えたかい?」
とユーレクは訊ねる。
俺はかぶりを振りながら
「いや。暗がりでみえなかったんだけどさ。
あの時、誰かが馬に乗って来てくれなけりゃ
俺たち危なかったんだぜ。」
「それは命拾いさせてもらったかもな。」
とユーレクは相槌を打ちながら
「奴がもし俺たちを狙っているとしたなら
何故なんだろう?」
俺は
「なんとなくだけど、
ソフィアやアレクサンドラにまつわる事件と
絡んでるから狙われてんだよ。」
ユーレクは
「俺たちが狙いだとしたら . . .
また狙われるのかも知れないな。」
と眉をひそめる。
「あゝユーレク。この様子じゃ
また何処かで待ち伏せしてるぜ?きっと?」
俺たちが成し遂げようとすることは命の危険を晒してまで行なう意味が
果たしてあるのだろうか?
そう考えるのも無理はない。
何の因果にせよ命を狙われたのは
紛れもない事実なのだ。
ユーレクのお腹がグゥーと音を立てる。
「お腹が空いたな。」
ユーレクが顔をほころばせる。
透き通った眼差しの見つめる先は
グレート・スモーキーの山容だ。
ノックスビルから東へと進み
セイモアからセビアービルの村を経て
そこから南へ進むとガットリンバーグの村に
辿り着ける。
「やってやろうじゃないか。」
俺はユーレクの肩を叩いて励ます。
「よし。陽の明るい内は行動を控えよう。」
俺たちは闇夜に紛れて目立たないように
徒歩で少量の荷物を背にして
ガットリンバーグの村を目指すことにした。
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アンディーは
少年たちを見失ってから
彼らが来るであろうガットリンバーグの村に
先回りしていた。
月明かりが蒼くさめざめと照らしている。
この村はグレート・スモーキー山脈の麓の
風光明媚な片田舎であるが
至るところに墓地が点在しており
夜になり村人が一斉に寝静まると
まるで村全体が深海の底に沈んだかのようで
生気を感じさせないのである。
骨まで凍りつく__
何かしら得たいの知れない静寂が支配する夜
月明かりに照らされた村の通りに
アンディーの足音がコッコッと響き渡る。
アンディーは黒いコートを羽織り
牧師のような佇まいをしていた。
目深に被ったテンガロン・ハットの奥には
オッド・アイの鋭い眼光が光っている。
精密機械の如く無機質な殺戮を生業とする
アンディーという人物は淡々としている。
"死の誘惑"に駆られた人間とは
およそ自身の感情からかけ離れており
この世に未練なども持ち合わせてはいない。
故に他人の命を容赦なく断ち切るのだ。
ガットリンバーグの村に現れたアンディーは
生と死の狭間に徘徊する
大鎌を手にした死神そのものであった。
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俺とユーレクは
蒼白い月明かりの下
ガットリンバーグの村に辿り着いた。
冬の始まる季節
寒さが身に沁みてくる。
運命に導かれるように
俺たちはこの村の中心部にある
ホワイト・オーク・フラッツ墓地に着いた。
この地に双子姉妹は埋葬されている。
彼女たちが眠っている墓碑銘を探すには
あたりは暗すぎて何も見えない。
「これじゃ何も見えない。
明日、陽が昇ってから探すとしようか?」
と俺は訊ねてみる。
その時__
「バタバタバタッ」と
一斉に鳥たちが飛び立つ羽音が聞こえた。
たれかが近づいてくる。
泊まり木に羽を休めていた鳥たちが勘付く程に
その人影から発せられる殺気が尋常でない。
ユーレクはくちびるに指を当てて
(静かに|! )と目で合図した。
俺たちは墓石に隠れるようにして息を潜める。
(あの時の刺客に違いない。)
遠くから男が何やら話している。
何を云っているかよく聞こえない。
その男は夜目が利くようである。
暗がりに隠れていても
俺たちの居場所が分かる様子で
近づいてくる。
「逃げろ!」
俺とユーレクは散らばるようにして墓碑の間を
駈け抜ける。
男は無言で発砲するが
狙いは的確で墓石を盾にしなければ
確実に仕留められてしまう。
月明かりにはいつしか雲がかかっている。
漆黒の天鵞絨が空を覆うようで
より一層に闇が強まるように思える。
男と俺たちは
あの世で静かな眠りについている墓地の中で
生きようともがいている。
発砲と共に閃光がはしる。
ユーレクが撃たれた姿が見えた。
「あっ!ユーレクーーッ!」
俺は叫び声を上げるように駆け寄ろうとする。
「こっちに来るなっ!」
とユーレクが怒鳴っている。
その瞬間__
俺の身体の中に熱いものが入ってきた。
(なんだ?この感覚は?
まさか撃たれたのか?俺は!)
鉛の弾が身体を貫通していき
血飛沫が噴き上げるのが見える。
(俺、俺は死ぬのかな . . . ?)
地面が目の前に迫ってくる。
倒れ込んだ眼前に見えたのは
墓碑銘であった。
(ここにあったのか。
やっと見つけたと言うのに。)
俺は横たわる自分の身体から流れ出る
黒々とした血が地面に広がってゆく様を
見つめながら意識が遠のいていった。
・
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・
どのくらい時間
意識が遠のいていたのだろうか?
夢の世界にいるのか現実の世界に居るのか
よくわからないままであるが、
意識だけがはっきりとしていて
いつの間にか
見慣れない森の中を彷徨っている。
隣には撃たれたはずのユーレクも居た。
「大丈夫か?ユーレク?」
と声をかけると
「あゝ、おかげさまでな。」
といつもの透き通った笑顔を見せる。
俺はユーレクの見せるこの笑顔がたまらなく
好きだった。
森の中は温かい。
何故か心地良い安心感に包まれた気分になる。
ふと森の奥の向こう側に光が見える。
俺とユーレクは顔を見合わせた。
「一体、何の光だろう?」
俺たちは謎の光に吸い寄られるように
正体不明の光が神秘的な瞬きを繰り返すのを
固唾を飲んで見守っていたが
俺とユーレクは示し合わせるように
光の射す方へと森の奥深くへと進んでみる。
森の向こう側は霧がかかったように幻想的な
光に包まれていた。
ユーレクは小声で
「何か居る . . . ⁉︎」
と耳元で囁いた。
遠くに何かのようなシルエットが見える。
俺たちは木陰に隠れてそっと影に近づくと
暗がりに一頭の白馬が姿を現した。
「見ろよ . . . ユーレク . . .。」
「あゝ . . . フェルニー。こいつは驚きだ。」
それはたしかに居た__。
一角獣が俺たちの眼前に現れて
その神秘的な佇まいを露わにしている。
ユニコーンは自らの前肢を高く上げて
その角で突いてみせる。
前肢から流れ出る血__
(まるで水銀のような)
血を一滴二滴と滴らせて
俺たちの口元に含ませるようにする。
やがてユニコーンは無言で
俺たちの下から立ち去っていった。
《つづく》
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