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姫姉さん

魔女になりたかった幼き私が、次に憧れた女性、それが「ナウシカ」である。
あの凛とした気高さ、母のような包容力、胸に秘めた苛烈さ、滅びゆく谷の族長の娘という重責を担う器の大きさ。
どれをとっても女性としてだけでなく人として超一級である。
加えて可愛い。

私がなぜナウシカに惹かれるのか、ナウシカの魅力を語るには圧倒的に時間が足りない。正直まだまだ話し足りないがここでやめておく。
何故ならこの記事を読んでいらっしゃる大多数の皆さんは既にナウシカのことを熟知されていると思うからだ。
日本人にはジブリという共通言語がある。
私が日本人で良かったなぁと思う瞬間の一つである。

さてあれは私が30歳頃のこと。
当時働いていた会社のコミュニケーション系ワークで、お互いのことを深く理解する目的で自己開示をする機会があった。

その中で私は自分がナウシカに憧れていたこと、ナウシカになりたかったことを同僚を前に熱く語っていた。
メンバーの一人が手を上げる。
「たいたいさんをそこまで熱くさせるナウシカの魅力ってどこですか?」

ふざけているわけではない。皆、大真面目である。
このワークでは積極的な自己開示と、相手を決して否定しない活発な議論が求められている。
私はその質問におもむろに頷き、一つのエピソードを披露した。

「皆さんご存じでしょうが、映画ナウシカにこんな場面があります。ナウシカがトルメキア軍のクシャナに人質として連れていかれるシーンです」
このよく考えてみればナウシカを知らない人が聞いたらハテナハテナのこのセリフに一切の注釈が必要ないという点に、ジブリが日本に与えた影響の大きさが垣間見える。

「ナウシカがトルメキアの船に乗ろうとするとき、風の谷の子供たちが駆け寄ります。泣きそうな3人の子供たちへナウシカは、すぐに帰ってくると約束しますが、子供たちは不安げです。その子供たちを安心させるためにナウシカが言ったセリフを覚えていますでしょうか?」

私はここでたっぷり時間を使いメンバーを見渡す。
普段の会議では口の重い私のこの豹変ぶりよ。ジョブスもびっくりのこなれたスピーチである。

「そうです。ナウシカはこう言いました。「あら、私が嘘ついたことあった?」それを聞いた子供たちはハッとした顔をして「ない」と答え安心した顔をするのです」

スタジオジブリより「私が嘘ついたことあった?」


自分自身のスピーチに少々芝居がかっているのを感じていたが構わない。私はある種のゾーンに入っていた。

「この中にこのセリフ言える人います?自分がこのセリフを言った時に、谷の子供たちを安心させられる自信がある人、います?」
メンバーが一斉にハッとした顔をする。
私は深く頷いた。
「まさに、ここがナウシカの凄味であり魅力です。私は谷の子供たちに「姫姉さま」と呼ばれ慕われるような高潔で心優しい人間になりたいのです」

…決まった…!!
メンバーからのスタンディングオベーションが聞こえてくる気がした。
もう一度言うが、私だけでなくその場のみんな大真面目である。
これが成立する空気があの時確かにその場を満たしていたのだ。

「はい!」
そう元気よく挙手したのは私の一歳下の関西出身の男性であった。
「なら僕、これからたいたいさんのこと、姫姉さんって呼びますわ!」


「えっ!!?」

38度5分くらいの高熱に浮かされていた私は、頭からピシャっと冷や水を浴びせられた気がした。
一気に正気に戻る。
「え…あの…やめ」
「みんな!今日からたいたいさんは姫姉さんや!!」(こいつも熱に浮かされている)
コミュニケーション系ワークの強烈な熱にやられていたメンバーが拍手で応える(何しろ、否定してはいけないルールだからな)

その後私はその会社を寿退社するまで「姫姉さん」と呼ばれ続けた。
特に発案者の彼は、出張先の本社でも、街中でも平気で私を「姫姉さん!」と結構な声量で呼び続けた。

最初のうちは恥ずかしさからやめてくれと懇願していた私も、半年もたつと平気で「はい、どうしました?(普通に仕事モード)」と受け入れていたところに人間の順応力の素晴らしさ、逞しさを感じる。

ナウシカは今でも私のロールモデルである。
いつか私も胸を張って谷の子供たちの前で言いたい。

「あら私が嘘ついたこと、あった?」

強く、優しく、美しく


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