夫が不良になった日
姉さん事件です。
夫が不良になりました。
不良といえば、
そう、金髪です。
夫が私に無断で金髪になりました。
我々は互いのヘアスタイルを大きくチェンジするときなどは事前に一言断りを入れるのをマナーとしてこの8年平和にやってきた。
我々夫婦は同じ美容室を利用していて、美容室に行くのはいつも一緒という仲良しぶりだ。
私が長年懇意にし、絶大な信頼を寄せているカリスマ美容師に夫もほれ込み通い始めたという経緯である。
夫婦で予約すると大抵の場合隣の席に座らせられるのだが、今回は私と夫の席が離れてしまったため、よもや夫が金髪をオーダーしているとは夢にも思っていなかった。
そんなことよりカリスマ美容師が私に施した往年のすだれ前髪、今風に言うと「シースルーバング」の是非を問いたい気持ちでいっぱいの私の耳にその会話は飛び込んできた。
「人に話しかけられる金髪にします?話しかけられない金髪にします?」
カリスマ美容師の耳を疑う質問に「話しかけられる金髪で」と答える夫の声。
夫が金髪をオーダーしているという衝撃に、すだれ、いやシースルーバングが似合っているかいないかという些末な問題は消し飛んだ。
え?なぜ急に金髪!?
思い返してみたら、テレビに映っている金髪の芸人を見ながら言っていた。
「この人頭頂部結構ハゲてるけど気にならんやろ?金髪にすると地肌と髪の境界線がぼやけて目立ちにくくなるんよ!!」
確かにあの時、夫は芸人の金髪に熱のこもった羨望のまなざしを向けていた。
合点!!
あれか…!
それにしても金髪って…
四十超えた中年が急に金髪って世間様がどう思うか‥!
いやしかし金髪と言っても色の濃淡、明度、コントラストなど様々だ。
「人に話かけられる金髪」をセレクトしていた点に一縷の望みを託し、夫の仕上がりを固唾をのんで見守る。
カラー剤をシャンプーで丁寧に落として帰ってきた夫の毛髪は、例えるならば太陽の色。
北海道の雄大なひまわり畑。
私の宝、イエローダイヤモンドリングの輝き。
いやいや、ド金髪やないかい!!
「人に話かけられる金髪」の定義とは何ぞやとカリスマ美容師の胸ぐらをつかんで問いただしたい。
こんな金髪の中年が許されるのは芸能人かIT企業の社長だけである。
焦る私とはうって変わって美容室の鏡に映る己の姿を満足げに見つめる夫。
後に聞いた話だが、夫のオーダーは「宇宙兄弟の日々人」であった。
それを聞いて仕上がりを見るに、確かに完全に一致している。
悔しいけれど再現率の高さについてはさすがカリスマ美容師と感心せずにいられない。
カット技術の素晴しさのみならず、中年の夫にその髪型と髪色が妙に似合っている。
ついでに薄毛が本当に目立たない。
それは否定できない…
ああ、でも世間様が許すまい…
しかも来月には息子の七五三で一生残る写真を撮るというのに…
「思い切りすぎだよ。うちの両親がどれだけ驚くか、娘婿が突然四十半ばにして金髪になるなんてよぉ…」
などと恨みがましく言うと、夫はみるみる間に萎れていった。
「どうしよう…たいたいちゃんのおとうさんとおかあさんになんて言おう…」
実は美容室後ショッピングなどのワクワクプランがあったのだが、夫は暗い顔で「もう買い物なんてする気になれない。家に帰るのが怖い」などと言い出す始末。
四十にしてド金髪にするようなロックな男にしては心が弱すぎるだろう。
仕方がないので、自分の両親と夫の両親にうまく根回しをし、夫の金髪は両家に温かく迎え入れられることになった。
内助の功に感謝してほしい。
一週間経過し夫の金髪姿が我々の目にすっかり馴染んだ今、胸ぐらをつかむ寸前だったカリスマ美容師のカリスマぶりには恐れ入るばかりだ。
いやもう、世間様のことを抜きにするのであれば、今回の髪型、めちゃくちゃ夫に似合っている。
しかも、夫の吹けば飛ぶようなねこっ毛が、いかなるカットの魔術によるのか、特段のセットなしでもしっかり一本一本自立して天を目指している。
ということは、きっと私のすだれ、いやシースルーバングもアラフォーの私にしっくりはまっているはずだ。きっとそうだ。
夫の金髪のインパクトが大きすぎて、置き去りにしていた「自分の前髪がいつの間にやらシースルーになっていた問題」に今こそ向き合う時が来た。
夫の金髪には早々に見慣れた目が、自分の前髪をまだ受け入れていない。
違うもん!バブルの残り香なんてしないもん!田中みな実が現在進行形でシースルーバングだもん!
私のそこはかとない不安を敏感に感じ取った夫が、私を見るたびに驚いたように言う。
「あ!長澤まさみがいるかと思った!!」
そう言われるとすっかりその気になる単純な私。
シースルーバングを指先でちょちょいと整え、「どうも、長澤まさみです」などと言い今日もトイレ掃除に励む。
今のところ、トイレ掃除効果による金運アップの兆しなどは見られない。
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