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髪を切ったら宇多田ヒカルと再会した

実家のある九州のX県にカリスマ美容師が存在している。
あふれ出る自信と信頼感、磨き上げた技術と提案力、尽きぬ探究心と向上心。私が彼をカリスマ美容師と認定した。

カリスマ美容師に髪をお任せして早15年。
結婚し隣県に暮らすようになっても私は帰省のたびにカリスマに髪を切ってもらいに行く。

さて、本日私はカリスマ美容師の経営する美容室のキャンセル待ちの枠を勝ち取り、いそいそと彼の下に馳せ参じた。
20代の頃はロングヘアが私の代名詞だった。
30歳になってからはボブがメインとなった。
さて、本日は普段通りのボブでお願いするか、春だしいっそ大きくイメチェンするか。

悩んだ私は数年に一度しか発動しない「カリスマお任せコース」に踏み切った。
お任せコースはカリスマへの絶対的な信頼感と、普段保守的な私の冒険心の目覚めが揃って初めて発動する。

このお任せコースはカリスマのやる気をいたく刺激するらしく、本日彼は普段以上の気合いを漲らせていた。
もちろん事前に詳細な説明を行う。
カリスマは、小心者の私に向けて二パターンの提案をしてくれた。

一つはこれまでのボブにちょっと変形を加えたもの。
もう一つはボブから大きく印象を変えるカット。

お任せコースだからといって独断で突っ走らず、選択肢にあえてこれまでの延長線上のハードル低めの提案を入れてくれ、お客様に選ばせてくれる心配りがさすがである。

「ボブから大きく印象を変える方向で!」
ーあなたに全幅の信頼を寄せているー
言外の私の熱い気持ちが伝わったのだろう。
カリスマは恐るべき集中力で私の髪をバッサバッサと切り落としていった。

私がカリスマのカット技術に惚れ惚れしていたそんな時、美容室の大きな鏡の中にふいに宇多田ヒカルが顔を出した。
「よっ!」
20余年ぶりに宇多田の飾らない声が聞こえた。
私は驚きに目を見開き「お…おめぇ今までどこ行ってただ!??」と久しぶりに顔を出した放蕩娘に取りすがる田舎の老いた両親みたいな気持ちで鏡の中の宇多田を凝視した。

1999年、宇多田ヒカルの1stアルバムとして『First Love』が発売された。
当時のCDショップは一面宇多田宇多田宇多田。どこを見ても宇多田ヒカルの顔だらけであった。
当時私はCDショップの前を歩くことが出来なかった。
『First Love』の宇多田ヒカルのジャケット写真に自分があまりにもそっくりだったためだ。
似ているなんてもんじゃない。
あれは私の写真だったのではないかと今でもちょっと疑っている。

激似だったのは1stアルバムの写真がピークで、その後宇多田があか抜けたためか私がロングヘアを好むようになったためか徐々に宇多田は私ではなくなっていった。

そして現在、私と宇多田は全くの別人となっていたのだが、カリスマの超集中カットの過程で本日再び宇多田と相見えたというわけだ。

いたんだね、宇多田は私の中に。
眠っていただけなんだね。
なんとなく感傷的な気分で鏡を見つめる私。

奇跡の邂逅は一瞬で終わった。
宇多田はまたしてもフラっとどこかへ消えていった。
来た時と同じさり気なさで。
放蕩娘は再び放浪の旅に出てしまったのだ。

さよなら宇多田。
また逢う日が来るのかな。

私が20余年ぶりに宇多田と再会していたなど露知らず、カリスマは己の持てる技術全てを注ぎ込んでカットを終えた。

レイヤーがどうだこうだと事前にしっかり説明を受けたはずだが、仕上がりは私の予想を遥に超えて、なんというか、思ったよりかなりショートになっていて内心仰天した。
しかしよく考えてみるとちゃんとカリスマは事前にこうリスク回避をしていたではないか。
「最初は目が慣れないと思います。」

いかがですか?
カリスマが充実した表情で言った。
結局私はカリスマが言っていたように「まだ目が慣れません」と回答するのがやっとだった。いやはや、デキる男である。

まあ、しかしきっと目が慣れてないだけで似合っているのだろう。
そう楽観視出来るくらいには私はカリスマを信頼しているのだ。

春ですね。
髪を切って頭が軽くなりました。
宇多田ヒカルにも会えました。

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