tokitsu

意味のない、綺麗なものが好きなのです。 忘れっぽい私自身のために書いています。

tokitsu

意味のない、綺麗なものが好きなのです。 忘れっぽい私自身のために書いています。

最近の記事

連花 最終話

 珈琲を二つ! 失礼、もしかすると今日があなたとお話しする最後の日になるかもしれません故、早々にお話しをいたします。先日、そう一週間ほど前にあなたと別れた後、私は集会に参りました。花にはどうやらどの同志の目にも別な形で異変が生じているようでした。事実、今では「オジャケバサエル」の花弁も茶色く濁ってしまいました。水蜜桃のようだったあの香気も何か腐臭のようなものが混ざってきまして。そうです。私が外でマスクをしていたのもそのためなんですよ。それで、今日はその集会で起こったことをぜひ

    • 連花 第三話

       お元気でしたか。三月ぶりとは。本当はもっとまめにお会いしたいのですが、どうもここのところ立て込んでおりましてね。エエ、無論「花」についての集会の為ですよ。なんと私が代表に選出されましてね。それからはめっきり忙しくなりました。そうそう、同志も随分増えましてね、確か今では十六人になりました。嬉しいものです。  そうだ、飲み物は何になさいますか? ホウ、今日は紅茶になさる。結構ですな。では私もそれに倣いましょう。甘味は、今日は英国式にケーキといきましょう。オヤ、給仕さん、そこに

      • 連花 第二話

         いやはや、お久しぶりですな。先に私の馬鹿げたお話にお付き合いいただいてからどのくらいになりますか。ああ、そうでしたか、もうひと月になりますか。早いものですな。光陰矢の如し。ハハハ。さあ、これが前回お話ししたカヌレですよ。どうです。面白い形をしていましょう? 小さいプディングのようだと? 鋭いですなあ。味もプディングに近いですがね、これは焼き菓子ですよ。まあ、一寸食べてご覧なさい。どうです? なかなか良い味をしていましょう? これだけの味のものを出す店はそうありませんよ。イヤ

        • 連花 第一話

           イヤ、突然引っ張り込んで申し訳ございませんな。どうぞ、おかけになってください。まだ少し夏の暑さが残ってますな。アイス珈琲でよろしいですかな。ハア、ミルクとシロップはどうなさいます? ハア、ブラックでお飲みになる。わかりました。あと、そうですな、何か甘味でもつまみながらにしましょう。ご安心を。私が引っ張り込んできたんですから、払いは私が持ちますので。何がお好きですかな。フム、おすすめですか? 私はこの店ではティラミスが一等だと思いますな。それでいいと? 分かりました。では注文

        連花 最終話

          連葉 終

          「公演の当日。旅の大道芸人達が広場にやってきたのです。彼らのショーが始まる時間、それはまさにロミたちの劇団の公演開始の時間でした。劇場はもちろんただで借りていたわけではありませんでしたから、公演日程をずらすことなどできませんでした。    その日、この劇場にやってきたのは一部の団員の家族と、数人の劇場関係者だけでした。ロミたちは、がらがらの観客席に向けて、数年がかりで作り上げた劇を披露しました。だから、ほとんど知られていないんですよ、この劇場で唯一なされた素人劇団、花火座の公

          連葉 終

          連葉 その十

           二人は月明かりに足音を響かせながら歩いた。やがて前方に大きな建物が見えてきた。近づいてみるとそれは旅人がこの小さな町で見かけたどの建物よりも大きいようであった。屋根は所々に大きな穴をあけ、コンクリートの壁にはあちらこちらに歪なひびが走っていた。しかし、幸いにも建物は崩れることの無いままにその形を保っていた。月夜の下に存在するそれは静かな美しさを纏っていた。  老人は入り口と思われる、朽ちて左半分の失われた大きな扉の前で足を止めると、振り返って口を開いた。 「ここは、町で唯一

          連葉 その十

          連葉 その九

           突然、彼の後姿が薄くなったかと思うと、その声までもが徐々に小さくなり、そのまま絵描きは消えてしまった。辺りはすっかり闇に包まれ、月の柔らかい光が落ちてきていた。見上げると、月の明るさに星が少し霞んでいた。旅人の背後にいた老人が静かに口を開いた 「もう、日も落ちてしまいましたね。長くお引止めするつもりは無かったのですが。 絵描きはその後、それは楽しそうに絵の説明をしていましたよ。楓も面白そうに聴いておったようです。結局、空が白み始めるころまで語っておりました。そしてそのまま、

          連葉 その九

          連葉 その八

           楓の木が一本、描かれていた。決して見事な木ではない、どこにでもあるような木。しかし、その絵からは絵描きの木に対する愛情が溢れ出しているようであった。絵描きはちょうど掌のような特徴的な形の葉を枝にバランスよく描き足していた。大きな葉、小さな葉。綺麗な葉、虫に食われた葉。一枚、また一枚、葉が増えてゆく。その様を見ていると旅人は僅かも退屈しなかった。若い絵描きは幸せそうに微笑みを絶やさずに、時折鼻歌を交えながら鉛筆を動かした。  絵描きは満足げに一つ頷くと鉛筆を仕舞い、今まで自分

          連葉 その八

          連葉 その七

          「さて、行きましょうか」 そういって再び瓦礫の町を歩き始めた老人の後ろを、旅人は黙ってついて行った。辺りは夕方から夜へと移り変わろうとしていた。鮮やかだった橙色の光は消え失せ、藍に染まった空には僅かばかりの星がダイヤのように輝き、彼方の地平線が淡く色づいていた。前方の影は時々振り返りながらも、しっかりした足取りで瓦礫の街を進んだ。彼はもう旅人に注意を促すことは無かったものの、二人の間では幾度となく暗黙のコミュニケーションが交わされた。  やがて、大きな十字路に出た。賑わいをみ

          連葉 その七

          連葉 その六

           幻は突如として消えた。旅人は食堂であった瓦礫の中に立っていた。橙色の光は確かに夜の色を一層濃くしていた。小さな食堂であったもの。その残骸は先程までよりもずっと残骸らしかった。旅人の心には急に錘がぶら下がったようであった。 ご安心ください、と隣で老人が口を開いた。 「この店は、モキタの娘が店主を務めるようになってからも変わらずに繁盛しました。相変わらず、オムレットはこの店の看板メニューでしたよ。娘はその後、店で知り合った青年と結婚しました。それからはこの青年、いや旦那も店を手

          連葉 その六

          連葉 その五

          店内には四人掛けの机が五つほど。後はカウンターにいくつか席があるだけであった。カウンターの奥で何やら作業をしている大柄な男がモキタであることは、直ぐに判断できた。その娘であろう少女はモキタの妻と共に給仕をしているようであった。彼女らは机に料理を運んだり、その机の何者かと会話をしているようではあったものの、旅人には料理もほかの客も見えなかった。ただ、モキタの妻と娘がせわしなく動いているだけであった。 「お客さん、ごめんよ。見ての通りいっぱいでさ、ここしか空いてないんだけどいいか

          連葉 その五

          連葉 その四

          それから老人と旅人は山のように積み上げられた瓦礫を迂回し、今にも崩れだしそうな建物の中を抜け、町を歩いた。時々老人は振り返ると、「そこ、足元に気を付けてくださいね」「あの屋根がそろそろ崩れますよ」などと旅人に注意を促した。その指摘はどれも不思議なほどに的確で、それが無ければ到底、旅人は傷を負うこと無しにはこの町を出られなかった。    町を染めていた日が、僅かに傾いた。 「さあ、つきましたよ」 老人は一つの建物、であったものの前で足を止めた。木造のそれはもはや原型を留めて

          連葉 その四

          連葉 その三

          「もし、旅の方ですな」 驚いた旅人が振り返ると、背後のベンチに一人の老人が座っていた。旅人はこの町でようやく生ある者を目の当たりにしたことで、多少の戸惑いを覚えた。しかし、それ以上に旅人は目の前の老人に対して強い違和感を覚えていた。眼鏡をかけ、セーターを着たその老人が不自然なほど、この荒廃した町に溶け込んでいるように見えたのだ。さらにこのとき、旅人の第六感は老人を確かな存在感を持った、ひどく希薄な存在として捉えた。これはほとんど旅人の旅人としての勘によるものであった。これが何

          連葉 その三

          連葉 その二

           町に足を踏み入れてからしばらくのうちは住宅街が続いた。小さな庭付きの家や、アパートメントなどが立ち並んでいたが、庭は雑草に覆いつくされ、窓硝子は白く変色し、アパートメントの壁は至る所剥がれ落ちていた。旅人は時折、割れた窓から、いくらかの家の中の様子を窺ったが、どれも煤けた机と椅子があるばかりで最近まで人の生活していたような痕跡はついに認められなかった。  住宅街を抜けると、大通りに出た。そこには同じような形の建物がずらりと立ち並び、一様に赤茶けたシャッターが下ろされていた。

          連葉 その二

          連葉 その一

           空が橙色の光に染まり始めた夕刻。旅人が一人、荒廃した町の入り口に佇んでいた。傍には錆びてぼろぼろになった看板が立っていた。ほとんどの文字は読めなかったものの、かろうじて「ようこそ」と「の町マラミス」という文言は読み取れた。旅人は看板から目を離し、崩れた建物の並ぶ街道へと目を向けた。瓦礫まみれの道に敷かれた赤煉瓦はひび割れだらけで、その隙間から枯れ果てた植物が覗いていた。石造りの建物は崩壊した壁から無数の折れ曲がった鉄筋を剥き出しにしており、どこか異形の怪物を思わせた。そんな

          連葉 その一

          葉 その二十二

           訳あって、私は某県を訪れることになった。用足しの前日、私は予定より二時間も早く宿に着いてしまった。案の定、入れてもらえなかった。止む無し、周囲を散策するより他なかった。  人口の少ない県とはいえども、食事処は多かった。県庁所在地であるゆえだろうか。ファミリーレストラン、寿司屋、ラーメン屋、ステーキハウス。種々雑多、様々な看板が見られた。しかし、昼食にはまだわずかに早く、どの店にも客の姿は少なかった。人の多い中で食事をすることが私にとっては何よりの苦痛であったから、少し早めに

          葉 その二十二