連葉 その四

  それから老人と旅人は山のように積み上げられた瓦礫を迂回し、今にも崩れだしそうな建物の中を抜け、町を歩いた。時々老人は振り返ると、「そこ、足元に気を付けてくださいね」「あの屋根がそろそろ崩れますよ」などと旅人に注意を促した。その指摘はどれも不思議なほどに的確で、それが無ければ到底、旅人は傷を負うこと無しにはこの町を出られなかった。
 
 町を染めていた日が、僅かに傾いた。
「さあ、つきましたよ」
老人は一つの建物、であったものの前で足を止めた。木造のそれはもはや原型を留めていなかった。
「ここはその昔、小さな食堂でしてね。モキタという男が妻と二人で切り盛りしておりました。二人とも料理の腕は確かでしたから、もともと評判は良かったんですがね、娘がこの店を手伝うようになってからは、一層評判が上がりました」
老人はその食堂であった残骸を前に、懐かしそうに眼を細めていた。
「娘が店を手伝い始めたのは、確か彼女が十二、三の頃でした。店は賑やかな様子でお客さんもみんな笑顔でしたよ」
次の瞬間。突如として、旅人の目の前にその食堂が現れた。食堂の残骸の上にホログラムのような半透明の食堂が現れたのだ。
「驚くことはありません。モキタの食堂の記憶です」
驚いて声を漏らした旅人に、老人が優しく語りかけた。半透明の食堂は次第にはっきりとした色を付けてゆき、とうとう、旅人の目の前には在りし日のモキタの食堂が現れた。木造りの小さな建物、入り口に置かれた小さな看板には、いくらか丸みを帯びた丁寧な文字で「オムレット始めました」とあった。旅人は老人に促されるままに、入口のドアにゆっくりと手をかけ、開けた。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー」
太い男性の声と柔らかな女性の声、そしてそれに続く良く通る元気な声が旅人を迎えた。

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