連葉 その三

「もし、旅の方ですな」
驚いた旅人が振り返ると、背後のベンチに一人の老人が座っていた。旅人はこの町でようやく生ある者を目の当たりにしたことで、多少の戸惑いを覚えた。しかし、それ以上に旅人は目の前の老人に対して強い違和感を覚えていた。眼鏡をかけ、セーターを着たその老人が不自然なほど、この荒廃した町に溶け込んでいるように見えたのだ。さらにこのとき、旅人の第六感は老人を確かな存在感を持った、ひどく希薄な存在として捉えた。これはほとんど旅人の旅人としての勘によるものであった。これが何を意味するのか、全く旅人自身にも定かではなかったが、その老人が凡そ人間でないということは容易に感ぜられた。
「あなたは、いくらか感覚が鋭いようですな。しかし、今はその違和感を寝かせておいて、どうかこの老人の頼みを一つ聞いてはいただけませぬか」

 旅人は僅かの間をおいて、老人の申し出を受け入れることにした。これは、自らの心の向いた方へと進んでゆく、旅人の旅人としての性のためであった。
「頼みと申しましても、そう難しいことではございません。少しばかり、この町を案内させていただきたいのです」
旅人はやはり自らの性のために頷いた。老人は礼を述べると共に「では、どうぞついていらしてください」と告げると広場の外へと歩き出した。
「かつては、この町も賑やかだったんですがね、いつしか住人は減って行きましてね。御覧の通り、今ではこの有様です」
老人はため息交じりに零した。しかし、僅かの間を置き、笑顔で旅人の方を振り返った。
「だから、今日は貴方に知っていただきたいのです。この町がどれだけ素晴らしいものであったのか、ということを」

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