連葉 その二

 町に足を踏み入れてからしばらくのうちは住宅街が続いた。小さな庭付きの家や、アパートメントなどが立ち並んでいたが、庭は雑草に覆いつくされ、窓硝子は白く変色し、アパートメントの壁は至る所剥がれ落ちていた。旅人は時折、割れた窓から、いくらかの家の中の様子を窺ったが、どれも煤けた机と椅子があるばかりで最近まで人の生活していたような痕跡はついに認められなかった。
 住宅街を抜けると、大通りに出た。そこには同じような形の建物がずらりと立ち並び、一様に赤茶けたシャッターが下ろされていた。かつての商店街であったようだ。旅人は、その一角に小さな駐車場を見つけた。自動車が四台、朽ちていた。その外装はとうに光沢を失い、車内の座席から雑草を覗かせているものもあった。
何の物音も発することの無い、荒廃した町を旅人は自分が世界にたった一人だけ取り残されているかのような心持ちで歩き続けた。
 やがて広場に出た。旅人が辺りを、ぐるりと見渡すと、周囲にいくらかある大通りは全てこの広場へとつながっており、ちょうど広場がハブのようになっていることが分かった。広場の中央には円形にベンチが並べられ、その中にある錆びた鉄の柱は中ほどで折れ曲がり、頂にある時計を地面に接触させていた。旅人はそれに近寄り、ベンチを背にして文字盤をのぞき込んだ。文字盤を保護していた硝子は砕け散り、時計の針は五時十二分で止まっていた。旅人は表情を少し曇らせ、顔を上げた。その途端、声をかけられた。
「もし、旅の方ですな」

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