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#56 新たな経済社会の胎動~伊藤穰一『テクノロジーが予測する未来 web3、メタバース、NFTで世界はこうなる』より~|学校づくりのスパイス

 今回は、伊藤穰一『テクノロジーが予測する未来――web3、メタバース、NFTで世界はこうなる』(SBクリエイティブ、2022年)を手がかりに、今後の経済社会を生きていくための教育について考えてみたいと思います。

 本書の筆者の伊藤穰一氏はマサチューセッツ工科大学のメディアラボで所長を務めた方です。TEDカンファレンスを紹介するNHKのテレビ番組「スーパープレゼンテーション」のナビゲーターをされていたのでご記憶の方も多いかと思います。

人間味のある経済社会

 本書では、「web3」をプラットフォームとして出現する新しい経済のカタチについて、分かりやすく述べられています。本書の「働き方」「文化」「教育」「民主主義」……といった章立てからもうかがわれるように、お金の問題としてだけではなく、今後の新しい経済社会全体の姿を垣間見せてくれているところが本書の魅力です。

 インターネットを介して多くの人に大量の情報が提供されるようになったweb1.0、Facebook やTwitterなどのSNSを通して双方向のコミュニケーションが可能になったweb2.0、そしてweb3とは大手企業がそのプラットフォームを独占するのではなく、社会のさまざまな機能が「分散化」されていくところに特徴があるとされています。

 そしてこの分散化されていく最たるものがお金です。これまでの経済活動は法定通貨を基軸としてあらゆることが中央集権的に運営されるフィアットエコノミーに支配されてきました。

 web3においてはこれに加えてトークン(電子的な証票)が行き交い、「多くのプロジェクトが中央集権的な管理者の存在なしに、個人や組織、資産が分散的・自律的に動き回っている経済圏」(132頁)としてのクリプトエコノミーが出現するといいます。web3においては法定通貨に加えて仮想通貨やさまざまなトークンをはじめとするクリプト(暗号)資産が行き交うことになります。

 このトークンには三つの種類があり、現在のお金と同様に支払いに使われるペイメントトークン、株と同様に自分の投資する組織の運営に参加するために活用されるガバナンストークン、そしてアートやゲームアイテムのように代替不可能な価値を表すノンファンジブルトークン(NFT)に分類されるといいます(40~41頁)。

 現在の法定通貨に替わり、トークンの行き交う世界になると一体何が変わるというのでしょうか? 現在の法定通貨は、買えるものは何にでも使える「質を伴わない量」で考えるのが基本です。これに対してトークンは売買可能にすることもしないことも、またどのように発行するかも自在に決めることができます。トークンは量と質の両方を伴うのです。

 氏は「『売れそうなNFT』だらけのウォレットはダサい」(112頁)と象徴的に表現していますが、自分が信じる価値に、時間・労働力・資金といった自分のもっている資源を投入して、そこから対価を得るという経済活動が、現在の経済社会より透明かつ多様なカタチで実現されていく、というのが本書全体から伝わってくる新しい経済社会の姿です。

伊藤穰一『テクノロジーが予測する未来――web3、メタバース、NFTで世界はこうなる』SBクリエイティブ

経済社会でのプレーヤーとなろう

 乱高下する暗号通貨やNFTアートが何十億という高値で取り引きされた、といったニュースばかり耳にしていると、新たな経済社会を投機的なイメージで考えてしまいがちです。今後も紆余曲折は続くでしょうが、本書を読んでみると筆者はその発想自体はけっして胡散臭いものではないと理解できます。

 というのも、もともと人間社会の経済というものは「すべてが交換可能なモノである」という前提で動いていたわけではなかったからです。たとえば、知人からお菓子をもらったときに、駅の売店で適当に買ってもらったのと、好みを考えてお店に並んで買ってきてくれた場合とを考えてみてください。たとえ「モノ」は同じだったとしてもその「価値」は同じではないでしょう。

 こう考えると法定通貨によって測られる金額によって価値が一元的に測定され、すべてが交換対象であるかのように扱われてしまう現在の経済のほうが暴力的であると筆者は思います。

 2022年度から高校では学習指導要領改訂に伴って金融経済教育の内容が拡充されましたが、肝心の教員の感覚のほうはどうでしょうか? 誤解を恐れずに言うなら、教員は概して経済音痴です。定額の給与が自動的に振り込まれて、頭を使うのはそれをどのように消費するかということだけ……。筆者もかつてはそんな感覚で生活をしていました。

 けれども教育を担う私たちが今後ともそのような視点からしか、経済社会の姿を見ることができなかったら、その教えを受けた子どもたちが、来たる新しい経済社会のなかで、生き生きと活動していくことはむずかしくなっていくのではないでしょうか?

 筆者は昨年、大学組織の枠組みに縛られずに経済活動をしてみたいと考えて、自分の会社を立ち上げてみました。社員は自分一人だけの超零細合同会社です。手続きはごくシンプルで、オンラインサービスで定款を作成して法務局で登録するだけです。会社をつくってみて感じたのは、自分の生み出そうとしている価値はどんなもので、それをどう表現できるか、という視点で物事を見るようになったことです。お金や経済への見方も変わり、人間関係にも広がりができておもしろいものです。

 たとえばゴミ捨て場の掃除当番をするのも、通学時の旗振りをするといった対価の発生しない仕事も、立派な経済活動の一つとして見るようになりました。

 学校教員の副業も、部活動の地域移行を一つのきっかけに、より日常的なものになっていくはずです。そして、何かの事業をせずとも、身の回りにあるさまざまな価値と経済との関係に目を向けることは可能です。教員も消費者としてだけではなく、一人のプレーヤーとしてこれからの経済社会に関係することができたなら、お金からより自由になって、多様な価値を大切にできるのではないか、と筆者は考えるのですがいかがでしょうか?

【Tips】
▼伊藤穣一氏はウェブやYouTube でも積極的な情報発信をしています。

【Tips2】
▼筆者の会社のHPはこちら。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし)
 静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)、『地場教育――此処から未来へ』(静岡新聞社、2021年)ほか多数。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。


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