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学校づくりのスパイス~異分野の知に学べ~

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学校のリーダーシップ開発に20年以上携わってきた武井敦史氏が、学校の「当たり前」を疑ってみる手立てとなる本を毎回一冊取り上げ、そこに含まれる考え方から現代の学校づくりへのヒントを… もっと読む
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#69「モノ」とも対話しよう|学校づくりのスパイス(武井敦史)

 今回取り上げるのはジェームズ・ダイソン氏の手による自伝『インベンシ ョン 僕は未来を創意する』(川上純子訳、日本経済新聞出版、2022年)です。筆者はこの本を読むまで「ダイソン」という企業をほとんど知りませんでした。記憶にあるのは、(今ではよくある)サイクロン方式で稼働する掃除機のテレビコマーシャル、そして空洞から空気が流れる送風機を家電量販店で見てびっくりしたのも覚えています。  本書の原題は‘Invention: A Life’で、発明に魅せられた一人の人間の生きざま

#68 なぜ間違いが大切なのか|学校づくりのスパイス(武井敦史)

 今回は幼児の言語について研究してこられた今井むつみ・秋田喜美両氏による『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中央公論新社、2023年)を取り上げて人間の知の特徴とその発達を考えてみます。「ことば」を手がかりに人間の知性の性質に迫っているところが本書のおもしろいところで、教育関係者にはたいへん示唆に富む一冊です。 アブダクションという思考方法 本書の探究はオノマトペに始まります。オノマトペとは、「ドキドキ」とか「しーん」といったように、「感覚イメージを写し取る、特

#67 心の避難所が必要だ~松本俊彦『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』より~|学校づくりのスパイス

 寛容に見えて、一度法を犯したり、大きな過ちをしてしまったりした人々には徹底的に冷たいのが現代の日本社会であると筆者は考えています。  けれども本当はそうした「すねに傷を持つ人々」こそ、助けを必要としているはずです。今回は「心の居場所」の問題について、薬物依存(アディクション)臨床を専門とする精神科医の松本俊彦氏の手によるエッセイ『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』(みすず書房、2021年)をヒントに考えてみたいと思います。 薬物依存のリアリティ・ギャップ お

#66「欠乏」という資源~森恒二『自殺島』より~|学校づくりのスパイス

 今回は森恒二氏のコミック『自殺島』(白泉社、1~17巻、2009~2016年)を足がかりに、若者の生への意思やその否定としての自殺について考えてみようと思います。この作品はタイトルも過激で場面の描写には生々しいところもありますが、そのストーリーからは人の命という問題に真摯に向き合ったことが伝わってくる作品です。未熟な青年たちが苦悩しながらも成長していく群像劇であり、再生の物語でもあります。 命の再発見 この作品の物語の舞台は「自殺未遂常習者隔離目的特別自治区」、通称“自殺

#65「夢のかけら」は足下に~笠原一郎『ディズニーキャストざわざわ日記』より~|学校づくりのスパイス

 終身雇用システムの是非や働き方改革など、人が「仕事という生産活動にどう向き合うか」という問題が社会的にも教育的にもクローズアップされています。今回はこの問題について、笠原一郎氏による『ディズニーキャストざわざわ日記』(三五館シンシャ、2022年)を足がかりに考えたいと思います。  氏は57歳のときに仕事を早期退職し、65歳で定年退職するまで約8年間、東京ディズニーランドのカストーディアルキャスト(清掃スタッフ)として勤務された方で、その経験をもとに記したエッセイが本書で

#64「主体性」を疑おう~國分功一郎『中動態の世界 意思と責任の考古学』より~|学校づくりのスパイス

 今回のテーマは「主体性」についてです。昨今、学習指導要領をはじめ、さまざまな場面で「主体的な学び」が強調されていますが、私は実はこの「主体性」とはよくわからない概念だと前々から思っていました。今回はその「主体」の根拠について、哲学の観点から論点を掘り下げている國分功一郎『中動態の世界 意思と責任の考古学』(医学書院、2017年)を足がかりに考えたいと思います。 でっち上げられた「自由意志」 私たちが「主体的」という場合、それは自分自身の意志(自由意志)で行った、ということ

#63「成長の土壌」を忘れていないか?~ゲイブ・ブラウン『土を育てる 自然をよみがえらせる土壌革命』より~|学校づくりのスパイス

 「子どもの成長にとって理想の環境とはどのようなものか」――古〈いにしえ〉より現代に至るまで、くり返し問われ続けてきました。さらに、子どもの成長環境は今日激変しつつあります。今回はリジェネラティブ(環境再生型)農業の第一人者ゲイブ・ブラウン氏の『土を育てる 自然をよみがえらせる土壌革命』(NHK出版、2022年)にヒントを得て、この問題に切り込んでみたいと思います。 「足し算」・「かけ算」の農業 リジェネラティブ(環境再生型)農業とは、農場や牧場を一つの生態系として管理する

#62 学校の「ふつう」を問い直そう~平田はる香『山の上のパン屋に人が集まるわけ』より~|学校づくりのスパイス

 閉塞感にさいなまれる教育現場が増えています。「業務は減らないのに働き方改革を進めなければならない」「部活動の地域移行が謳われているが受け手が見つからない」といった、出口の見えないアンビバレントな課題にストレスをためているリーダーも多いのではないでしょうか。  今回はこうした課題と向き合うリーダーの思考法について、平田はる香氏の『山の上のパン屋に人が集まるわけ』(サイボウズ式ブックス、2023年)にヒントを得て考えてみたいと思います。 「問う」パン屋さん 平田氏は性格的に

#61「あやしさ」の危機~東畑開人『野の医者は笑う 心の治療とは何か?』より~|学校づくりのスパイス

 OpenAI社の開発したAI、ChatGPTが世間の話題をさらっています。報道ではとかく人間のスキルがAIに取って代わられる、という点ばかりが話題になっていますが、筆者はそれとは別の「心の居場所」という課題があるのではないかと思っています。AIの知とは一見真逆の、魔術的な世界の記録からこの問題を掘り下げてみたいと思います。  今回取り上げるのは臨床心理士である東畑開人氏の『野の医者は笑う 心の治療とは何か?』(誠信書房、2015年)です。この本は沖縄をフィールドに近代医学

#60 同調圧力克服法~大塚ひかり『くそじじいとくそばばあの日本史』より~|学校づくりのスパイス

 教員にしても児童・生徒にしても、とかく「足並みをそろえる」ことが重視されてきたのが日本の学校現場です。この原因の一端は従来の日本社会のあり方自体に由来するものであろうし、よい面も確かにあるのですが、一方で学校という社会集団に必要以上の同調圧力を産む可能性もあります。  2021年の中央教育審議会でまとめられた、「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)」においても「従来の社会構造の中で行われ

#59「仮」の効用~長尾重武『小さな家の思想 方丈記を建築で読み解く』より~|学校づくりのスパイス

 「動的な生」に特徴づけられる縄文の思想が現在も生き続けているということを前回は指摘しました。今回取り上げるのは、平安末期からの混沌の時代にまさにこの「動的な生」を体現した随筆家、鴨長明の発想です。  今回はイタリア建築史の研究者である長尾重武氏の『小さな家の思想 方丈記を建築で読み解く』(文藝春秋、2022年)を取り上げます。建築という視点に照らして方丈記を解釈しているのが本書のおもしろいところです。今回は本書にヒントを得ながら、教育における「仮」の効用について考えてみま

#58「あわい」を生きるという選択~瀬川拓郎『縄文の思想』より~|学校づくりのスパイス

 今回から3回は歴史関係の書籍を取り上げたいと思います。近代教育の土台が大きく揺らいでいる今日、日本社会の深層に流れている歴史性との関連で現代の教育を捉え直してみるのもおもしろいのではないか、と考えたためです。  今回は日本社会の原点とも言える「縄文」と教育との接点について、瀬川拓郎氏の『縄文の思想』(講談社、2017年)を手がかりに考えてみます。 生き続ける縄文 「縄文」というと、はるか昔の原始時代で、現代の教育とは関連のないことのように感じられる読者も多いかと思います

#57 時には問題を「棚上げ」しよう~鈴木まもる『戦争をやめた人たち 1914年のクリスマス休戦』より~|学校づくりのスパイス

 ロシアのウクライナ侵攻から1年半の時間が経ちました。世界にはさまざまな正義があり、思想や信条によって社会に一定の軋轢が生じること自体は仕方のないことだと筆者は考えます。が、そうであればこそ「対立や反目に人がどのように関係すべきか」といった正解のない問題に応えていくことは、学校を含めこれからの社会ではますます重要になってくるはずです。  今回は、第一次世界大戦中にイギリス軍とドイツ軍の間で起こった実話を描いた鈴木まもる氏の絵本、『戦争をやめた人たち 1914年のクリスマス休

#56 新たな経済社会の胎動~伊藤穰一『テクノロジーが予測する未来 web3、メタバース、NFTで世界はこうなる』より~|学校づくりのスパイス

 今回は、伊藤穰一『テクノロジーが予測する未来――web3、メタバース、NFTで世界はこうなる』(SBクリエイティブ、2022年)を手がかりに、今後の経済社会を生きていくための教育について考えてみたいと思います。  本書の筆者の伊藤穰一氏はマサチューセッツ工科大学のメディアラボで所長を務めた方です。TEDカンファレンスを紹介するNHKのテレビ番組「スーパープレゼンテーション」のナビゲーターをされていたのでご記憶の方も多いかと思います。 人間味のある経済社会 本書では、「w