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アメリカから東京都知事選 2024を考える。(1)


アメリカに留学生として来て一年弱。
アメリカで育った友達はもちろん、さまざまな国から来た留学生と政治や彼、彼女たちの国の話や状況を聞いた上で日本を改めて見ると、今まで気づかなかったことが見えてくる。

自分の国の状態知ること、システムを知ること、何が課題で、国民は何を考え望んでいるのか。
アメリカに来て、私はたくさんの異なる国からきた友達と出会い、いろんな話をした。政治、宗教、それぞれの国のこと。

話をしていて感じるのは、みんなの自国に対する関心度の高さ。
正直日本は課題だらけだが、そもそも投票の権利があること、少なくとも選挙制度が機能していること、など選挙の面から見ても恵まれているし、自由は保証されていると思う。つまり、少なくとも自分達で”選ぶ”選択肢がある。

日本にいて、そんなこと考えもしなかった。
友達の国では、20年弱トップが変わっていない、みんな選挙に行っても無駄だと感じている、友達が言う「だってそもそも私たちの国は選挙制度がないようなものだから。」
また違う国の友達も、トップは変わらず、それに対して国全体がデモを起こした際にも、国中のネットは全て遮断され外に情報が漏れないように、徹底された抑圧を受けた。この事件の後、友達の家族は国を出て一家でアメリカに移住した。

日本はどうだろう?日本の選挙の課題は、投票率の低さだろう。(もちろん日本に限った問題ではないが。)
でも、日本にいて投票に行かないことはもしかすると、とても勿体無いことをしているのではないか?
だって日本では、自由に候補者を自分の意思で選ぶ権利が保障されているのだから。そんな状況で投票に行かないことは、自分好みの将来を作る権利を使わずに、自ら捨ててしまうのことではないか?

確立された選挙戦のルールの中、私たちは候補者が掲げる公約や演説、候補者の実績や立ち居振る舞いなど、彼らから出される全ての情報に対して、情報を集め、比較・吟味し最終的には自分達の意思で自分達の街のリーダーを"選ぶ”ことができるのだ。

と言うものの、自分のたかが一票にそんな何かを変えることがあるのか、投票しても未来は政治は変わらないのではないか、そんな思いにさせられるような事件やニュースも多い中で、投票に前向きになれない気持ちもわかる。

でも、少なくとも日本の将来の裁量権がまだ国民の手にあるうちは、選挙で選ぶことができるという当たり前の選挙システムが機能しているうちは、
この制度をみんなで利用して自分達がそれぞれ望む社会に時間はかかるかもしれないが近づける。
投票に行くことは、自分の好ましい将来を、日本の社会を作るための手段だと思う。
政治や経済含め、日本の現状を愚痴るだけでなく、みんなが日本の将来の希望を楽しそうに話す、そんな日常のために、何ができるかを考えて自分が使える武器や制度を利用することが、日本がまた活気ある国になる一歩なのかもしれないと思う。


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