読んで欲しい「文庫解説」がある
文庫版の小説の最後にあるのが
「文庫解説」というものだ。
一度、小説の書き出しが好きだと言う話を書いたのだけど、文庫版の最後に載っている「文庫解説」もこれまた面白くて、いつかこっちも記事にしたいなと密かに思っていた。
そもそも「文庫解説」というのは、その作品の著者ではなく、全く別の人物がその役を担う。
もちろん、作家や書評家の方が書かれる場合がほとんどだけども、全ての解説文がその界隈の人たちによって描かれているわけではないのだ。
俳優や歌手、漫画家などなど、あらゆる分野で活躍する多種多様な人たちによって寄せられる「文庫解説」はとても個性豊かで、改めて”言葉を紡ぐ”ということに線引きなどは一切無いのだと思わせられる。
そんな訳で、これまで読んだ中でも、凄く記憶に残っている「文庫解説」をいくつか紹介しようと思った次第だ。
ではでは。
フーガはユーガ/伊坂幸太郎
親から愛情を注がれなかった双子の兄弟が過ごした激動の日々が、主人公の淡々とした語り口から紡がれる回想によって描かれる、伊坂幸太郎さんの長編小説。
初期の伊坂作品を彷彿とさせるような
切なさと優しさが内包された物語で
とても大好きな作品だ。
この作品の「文庫解説」を務めているのが
ライターとして活動されている瀧井朝世さん。
実は、瀧井さんの名前をちゃんと認識したのはこの作品の「文庫解説」を読んでからだったのだけど、家の本棚の小説を読み返していると、瀧井さんが書かれている「文庫解説」が載っている本がたくさんあって、そのどれもが、とても印象的な文章だったのだ。
言葉の選び方や物語のなぞり方が自然で、読み終わった後に自分の中で言語化できなかった感情や想いをふんわりと拾ってくれる。
もどかしい想いが解きほぐされるかの如く
「ああ、その言葉があった」と度々腑に落ちるのだ。
そんな瀧井さんの「文庫解説」の中でも、この「フーガはユーガ」という作品に寄せられた文章は、まるで脳内で固まり切っていない言葉の端々を繋ぎ合わせるように、読み終わった直後の感情とも言えない余韻を言葉に変換してくれた。
この「へんてこりん」という言葉選びが良いなと思った。
変わったでもなく、変なでもなく、へんてこりん。
また、瀧井さんの「文庫解説」には、著者の言葉やインタビュー内容が盛り込まれていることが多い気がする。もちろん全てを確認できているわけではないのだけども、自分の本棚にある文庫本は全て該当していたから。
だからこそ、読者視点での物語の受け止め方と著者側の意図したメッセージが絶妙なバランスで混ぜられた瀧井さんの文章は、読了して余韻に浸っている人の心にもスッと入り込んでくるのかもしれない。
夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦
京都の街を舞台にして、黒髪の乙女と彼女に想いを寄せる先輩が、個性豊かな人々と騒動を繰り広げる、森見登美彦さんの恋愛ファンタジー。
読む者を愉快で摩訶不思議な森見ワールドに誘ってきた、森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」
その「文庫解説」を担当しているのが「ハチミツとクローバー」や「三月のライオン」などの作品を生み出した漫画家の羽海野チカさん。
ただ、この作品の「文庫解説」に関しては
従来のものとはかなり趣向が変わっている。
まず、文庫解説としてのページは見開き1ページのみ。
しかも、その1ページに載っているのは「言葉」だけではない。
そこには、羽海野さんによって描かれた「夜は短し歩けよ乙女」に登場するキャラクターたちが、物語の印象深い言葉や場面とともに描かれているのだ。
想像上でドタバタ劇を演じていたキャラクターたちが、実際に物語のハイライトを辿るようにイラストで描かれているのを見て、テンションが上がるのと同時にとても感慨深かったのを覚えている。
また、羽海野さんが作中で大好きな言葉として、ページの各所に散りばめているワードのチョイスも素敵だった。
読んでいると好きなのにふと流してしまいそうな言葉は結構あって、それをしっかりと離さずポケットに入れることはすごく大事なことだから。
分かる。
暑い夏に汗を垂らしながら飲むラムネは
めちゃくちゃ美味しい。
そして、バトンは渡された/瀬尾まいこ
様々な理由から親が何回も入れ替わり、学年の節目には住む環境ががらりと変化する日々を送った主人公が伴侶を持つまでを綴った、瀬尾まいこさんの長編小説。
今年には映画化も予定されている
「そして、バトンは渡された」
配役された人たちがことごとくイメージと合致していたので、観るのがとても楽しみな作品でもある。
そんな「そして、バトンは渡された」の文庫解説を書かれているのは、俳優で歌手としても活躍する上白石萌音さん。
演技や歌だけでなく、様々な分野で才能を発揮されている方ではあるのだけど、文章を書くことに関しても、度肝を抜かれるほど素晴らしかった。
まず、文章に人柄が滲み出ている。この文章を読むだけで、上白石萌音さんのことを好きになってしまうぐらいには、彼女の考え方や生き方がひしひしと伝わってくる。
感情を言葉にして伝えることは、なかなか難しいことだと思っているのだけど、この作品に寄せられている「文庫解説」では、この本を読んで溢れ出た感情や伝えたい想いが余すことなく綴られていた。
著者の瀬尾まいこさんへの想い。
物語に登場する人々への想い。
そして、読み終わった後に心に残る自らの想い。
それらが、多彩な言葉によって紡がれて、感謝の気持ちとともに随所に現れ、タイトルになぞらえるように文章が締められる。
なんて素敵な表現なんだろう。
スピッツが好きだと以前から公言されていて、自分も好きなので勝手に応援していたのだけど、この文章を読んでますますファンになってしまった。
最後に
実際のところ、読もうと思って読むものではないのかもしれない。
読みたい作品を手に取った時に、初めて目にするものかもしれない。
それでも「文庫解説」の中には「ぜひ読んで欲しい」と思わせられるほど惹き込まれる文章があって、はち切れるくらい共感の気持ちに覆われることもあるのだ。
決して小説の本筋ではない文章のはずなのに、読む人が惹き込まれる文章になるのは、書かれている人の人柄が「言葉」に滲み出ているからなんだろう。
そんな、普段は滅多に見かけることができない「言葉」たちを、物語とともに味わうことができるのだから、一石二鳥だとでも思って読んでみて欲しい。
もちろん、作品を読んでから、だけども。
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