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【ホラー短編】六〇六号室(6/7)

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6/7

 ずるずると床を這いずるような音がやってくる。

 廊下から女が姿を現した。うつ伏せに床を這っている。鉄格子の前まで来ると、女は血の気ない灰色の顔を上げた。

 永久は鉄格子に張り付いた。その女は両足を切断されていて、血を流し続けていた。永久は彼女の名を呼んだ。

「材連亜子」

「ああ……あのときのお巡りさんなのね」

 亜子はかすれた声を発した。何年も前に見たときよりずっと疲れ果て、やつれた顔をしていた。鎖つきの首輪を着けられている。

「娘は……?」

「あの男が連れて行ってしまった。ごめんなさい」

「ううう……」

 亜子は血の混ざった涙を流した。

「あの男は生きていたんですね……娘を最悪の形で巻き込んでしまった」

「あなたのせいじゃない。あのマンションには何の用があったの?」

「親戚にお金を借りに来たんです。母子家庭になってから、ずっと生活が苦しくて。娘には遊びに行くと言ったんだけど」

「あの男はケイちゃんをどこに連れて行ったの?」

「この世界そのものがあの男が作った監獄なんです。あの男はいつもは私たちを好きにさせておいて、気が向くとやってきて連れ回すんです。今はたぶん食卓にいるはずです。お巡りさん、どうか娘を助けて。牢屋の鍵を探して来ます」

「待って。その靴を取って」

「?」

「私の靴。そこに落ちているでしょう」

 亜子は永久の右の靴を取ってきた。女が履くにしてはごつい靴だが、年中汚染霧雨が降り続ける天外では珍しいことではない。この市《まち》で防水仕様でない靴を履いていても生活に支障のない女は、閉鎖区画《フォート》の住人だけだ。

 永久は鉄格子の隙間から靴を受け取ると、踵部分にある秘密の収納スペースから、ごく小さな注射器を取り出した。

「異態進化したナメクジの唾液から抽出した溶解液。何でも溶かしちゃうのよ」

「……待って!」

 亜子がびくっとして振り返った。

「あいつが来るわ。私を探してる」

 永久は注射器をポケットに隠し、靴を元あった場所に放り投げた。それから亜子に聞いた。

「この世界はあいつが作ったと言ったわね? じゃあ……」

 永久の質問に、亜子はいぶかしみながらも早口に説明した。

 足音がやってきて、部屋の前で止まった。亜子は恐怖に顔を引き攣らせながら振り返った。再びあの血族が現れた。血族は永久と亜子を一瞥すると、亜子の首輪の鎖を掴み、引きずって連れ去った。

 二人の姿が消えると、永久は注射器の中身を格子扉の鍵穴に流し込んだ。異臭とともに一筋の白い煙が上がる。

 しばらくしてから格子扉に体当たりをかけた。

 バキン!
 鍵の部品が折れ、扉が開いた。

 永久は工具の山から配管テープや木材を見つけ出し、ギプスを補強した。そして鉄パイプを杖代わりにし、亜子に教えてもらった団地へ向かった。

 花切は独学で犯罪心理学を学んでいた。あの事件のあと材連飛留人本人を含む数人にインタビューし、レポートをまとめていた。永久はそれを読ませてもらったことがある。

 永久は立ち止まり、団地の一室の表札を見た。六〇六号室。亜子は飛留人と結婚前に一度訪れたことがあるという。

(花切さんが言っていた。材連飛留人には、この世の何よりも恐れているものがあったって……)


* * *


 一時間後。

 六〇六号室を回ったあと、永久は亜子の血の跡を追った。この先に彼女とケイがいるはずだ。

 折れた足を引きずっての強行軍は並大抵のことではなかった。足がはれ上がり、頭痛がするほど痛む。だが永久は諦めなかった。

 床をこすった亜子の血の跡は広い部屋に続いていた。床と壁は鉄板と金網を隙間なく溶接して出来ている。部屋の真ん中に巨大な鉄の鳥篭が置かれていた。

 中には絨毯が敷かれ、食卓と椅子などが置かれてリビングの一室が再現されている。材連飛留人の家で見たリビングと同じだ。

 永久は目を凝らした。食卓についているのはあの血族、亜子、ケイの三人だ。母子はぐったりとしており、鎖つきの首枷で椅子に繋がれている。

 食卓には空の皿が並べられている。血族は箸を手に皿を凝視していた。永久はそちらへ向かった。臆することなく、真正面から。

 血族が気付いて立ち上がり、こちらを向く。だがその顔はショックに固まり、呆然としていた。

「飛留人」

 永久は高らかに言った。

「開けなさい」

「ゴボッ! オオオ……」

 血族は血を吐き、おののいた。永久は白いワンピースに室内履き、黒髪のウィッグという格好だ。いずれも六〇六号室にあったものである。

 永久の脳裏に花切の言葉がよぎった。

(((材連飛留人は死んだ母親をものすごく恐れていた。病的に教育熱心な人で、息子をほとんど監禁状態で育てたみたいなの。それが後の犯罪傾向に繋がっていったんでしょうね)))

 血族は戸惑いながらも、震える手で鍵束を取り出し、鳥篭の扉を開けた。

「その二人を放して」

「ウウウ……」

 血族は自分の頭を抱え、ざんばらに禿げ上がった頭を振り乱して苦悩した。

「放しなさい、飛留人!」

「アアア……!!」

 永久が一喝すると、狂おしげなうめき声を上げ、二人を拘束している首枷の錠前を外した。

 女三人は鳥篭から出ると、じりじりと後ろに下がった。永久はさらに声色に威圧を込める!

「飛留人、この世界から出る方法を言いなさい。お母さんの言うことを聞きなさい!」

「あああ! ああああ! ゴボッ……! ゴボボボ……」

「言いなさい!」

「ゴボ……」

 血族はぶるぶる震えるその指先を壁際に向けた。

 大きな鉄の格子扉があり、何重にも鎖と錠前をかけて閉ざしてある。その奥にエレベーターがあった。これまでこの世界で見てきたものと異なり、スイッチのバックライトが灯っている。電気が来ているのだ。

 永久は亜子とケイを背にし、じりじりとエレベーターのほうへ下がっていく。ケイが必死に母親を引っ張っているが、足がないのではどうしても時間がかかる。

 そのあいだ、血族は這いずるような歩みで追ってきた。永久をじっと見つめている。血走った目には、猜疑と暴威の色が戻りつつあった。唸り声を上げ、血を吐き、永久に手を伸ばす。

「やめなさい!」

 永久が一喝するとぎょっとして手を引っ込めたが、また手を伸ばした。怒られても売り物のオモチャに手を伸ばす子どものように。

「その鍵を開けなさい」

「ああああ!」

 血族は泣き喚きながら大量の血を吐き出し、頭を抱えて前後左右に揺らした。ひざまずき、頭を激しく床に打ち付ける。

 ガン! ガン! ガン!
 血反吐と涙が飛び散った。

「開けるのよ、飛留人!」

「あああ! あああ!」

「開けなさいと言っているの、飛留人!」

 血族はとうとう屈した。鍵束を取り出し、錠前を一つ一つ外して行ったすべての錠前が外れると、永久は二人に囁いた。

「長くは持たない。急いで!」

 母を引きずってエレベーターにたどり着いたケイがスイッチを押した。ドアが開く。

 その瞬間、血族を押し留めていた何かがぷつんと切れた。仰け反って大きく口を広げ、大量の血とともに叫び声を上げた。

「ゴボォオ! アアアア――ッ! お前はママじゃない!」

 血族は永久の腕を掴んだ。その瞬間、永久は手にした注射器で、残りの溶解液を相手の顔面に吹きかけた。
 ジューッ!

「ギャアアアアア!」

 血族はすさまじい叫び声を上げて腕を振り回した。だが永久を掴んだ手を離さない!

 永久は亜子とケイに叫んだ。

「行って!」

 エレベーターのドアを手で押さえていたケイが泣きそうな顔をする。

「でも……」

「いいから行きなさい!」

 座り込んだ亜子がケイを中に引き込んだ。エレベーターの「閉」ボタンを押し、すぐに上行きのボタンを押す。

 扉が閉じ、母子の姿が見えなくなった。


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