【ホラー短編】六〇六号室(2/7)
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【ホラー短編】六〇六号室(2/7)

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 事件から三日後、天外市内のとある喫茶店。

 壁にかけられた液晶テレビで報道番組が流れている。

 〝天外連続神隠し事件〟

 デェ~ン……!
 不安をあおる効果音と共にテロップが浮かび上がった。映像はとある工業団地前に移り変わり、深刻そうな口調でナレーションが続く。

「今月十八日、天外市の南灰原町にあるマンションで、女性の体の一部が発見されました。身元はまだわかっていません。体の一部が落ちていたエレベーターには、血で描かれたメッセージが残されていました。実はこの事件、先月起きたある失踪事件と共通点があったのです!」

〝現場に残されたメッセージ〟
 デェ~ン……!

 眼鏡をかけた男の顔写真とプロフィールが映された。

〝虻島徒夫さん(39) 小学校教職員〟

「三ヶ月前の五月十一日、枡羅田区にある自宅アパートに入っていく姿を目撃されたのを最後に行方知れずになっている虻島さん。虻島さんが失踪した日、アパートのエレベーターにはやはり血で描かれたメッセージが残っていたのです! 二つの事件には関連があるのでしょうか?」

 映像は天外市警の記者会見に変わった。報道陣がフラッシュを浴びせる中、警察幹部がペーパーを読み上げる。

「市警はこの二つの事件を、同一犯の可能性もあると見て捜査しています。解決に全力を尽くします……」

「なるほど」

 テレビを見ていた少年が呟いた。

 喫茶店のボックス席には永久と、高校生くらいの少年少女が座っている。ちょうど永久が天外神隠し事件の話を二人にしていたところだった。

 ギャング風のスポーツウェアを着込んでいるのが石音《いしね》日与《ひよ》。小柄だがどこか狂犬めいた眼をしている。

 ボーイッシュな服装をした、髪の長い少女が藤丸《ふじまる》昴《すばる》。お姫様のような容姿だが性格は活発だ。

 この二人は血族である。血族とは吸血鬼、妖怪、魔女、人獣などと呼ばれる怪物の血を引く末裔だ。人知を超えた存在であり、さまざまな超常現象を引き起こす。彼らはこの市《まち》の暗闇に潜み、B案件を起こしているのだ。

 永久は表向き天外市警に従うふりをしながら、この二人の力を借りてひそかにB案件の解決に取り組んでいる。多くの血族は邪悪な心を持っているが、この日与と昴は数少ない例外なのだ。

 日与は二枚の写真を手に取って見た。山下老人のマンションとキャッスル南灰原で撮られた棒人間の落書きである。

「一件目は三ヶ月前に起きて、棒人間一人が檻に入っていた。今回見つかったキャッスル南灰原は二件目で、檻に入ってたのは三人。そして二番目の被害者と落書きはまだ見つかっていない」

「そういうこと」

 昴が言った。

「映画だとこういうとき、被害者に何か共通点があるじゃないですか。ほら、何年も前に一緒に銀行強盗をしたとか、死体を埋めたとか」

「キャッスル南灰原のガイ者の身元がわからないことには。同僚が調べてるけど、期待できないわね」

 昴はため息がてら言った。

「B案件かあ。市警は例によってやる気がないんですね」

「ええ。あとは闇に葬る気でいるみたい。でも私は放っておけないの」

 永久は表情に使命感を滲ませた。

 永久は花切の自殺は血族に関わったためだと考えている。B案件に執着するのは花切の死の真相を明かすためでもあるが、もう一つは彼女自身の正義感のためだ。

 日与は邪悪な血族の組織、血盟会を倒すため、昴は幼馴染の少年を追うためと、それぞれ自分の目的のために永久に協力している。

 だがそれは同時に、永久に敬意を抱いているからでもある。他の刑事が見て見ぬふりをしても永久はそうしない。

「私たちもできる限りのことをします! ね、日与くん」

 昴が日与に言った。日与は腕組みして頷いた。

「ああ。永久さんには何度も助けてもらってるからな」

「ありがとう。嬉しいわ」

 永久は頼もしげに二人に微笑んだ。それからふと呟く。

「神隠しの一件目の被害者、会ったことあるのよね」

「小学校の先生?」

 昴に永久は頷いた。

「ええ、虻島さん。私が制服警官だったころにちょっとだけね」

 店を出たあと、永久は二人を車に乗せて現地へ向かった。

 市《まち》には巨大企業ツバサ重工の工場が建ち並び、林立する煙突は汚染された排煙を垂れ流す。有害物質を含んだ排煙は空を覆う暗雲に溶け、汚染霧雨になって街に降り注ぐ。

 防霧マスクを着けて自宅と職場を往復する労働者たちは、いつも息を潜めている。汚染霧雨混じりの空気を必要以上に吸い込まぬよう、ツバサへの不満の囁きが密告者に聞こえぬよう。

 薄暗い街の角で、こうこうと輝く広報電子看板が、ツバサ重工がもたらす明るい未来を提示している。その光が道端で死んでいるツバサの過労死サラリーマンを照らしていた。

 キャッスル南灰原に着くと、三人は防霧マスクを着けて車を降りた(血族は汚染霧雨の毒性を受け付けないが、日与と昴は人間のふりをするため着けている)。

 キャッスル南灰原は天外の他の集合住宅と同じく、汚染霧雨が入らないように廊下がすべて内廊下になっており、ベランダは透明な天蓋で完全に覆われている。

 エレベーター前は合法麻薬《エル》錠剤の空き箱やドリンクの空き瓶などが散乱し、ドブネズミの死体にウジが沸いている。似たような環境で育った日与は慣れっこだが、温室育ちの昴は顔をしかめた。

 すでに市警は引き払い、現場には立入禁止テープの切れ端が少し残っているだけだ。マスコミの姿も見当たらない。

 日与はエレベーターのボタンを押し、中を調べた。血も例のメッセージも、すべて管理会社が洗い落としている。

「犯人は足だけ切って残していった。アシがつくのにな」

「面白いこと言ってる場合じゃないでしょ」

 昴が日与を咎め、それから永久に聞いた。

「それで、どうするんですか?」

「捜査の基本は聞き込みから。あなたたちは二人一組になって上から下へ、私は下から上に一軒ずつ聞いて回る。事件当時に同僚が全部回ったはずだけど、さっきも言った通りまともに仕事をしていたとは思えないから、洗い直しましょう。あなたたちは高校のマスメディア研究科の生徒とでも言っておいて」

「信じてくれるかなあ……」

「いいものを用意してきたわ」

 永久は二人それぞれに買い物袋を渡した。受け取った昴が中を覗くと、近所の私立高校の制服だった。

 昴は嬉しそうに笑った。

「やった! 別の学校の制服って着てみたかったんだ!」

 一方、日与は複雑な表情である。

「このガッコのヤツとケンカしたことあるなあ。なあ、三人でバラバラに聞き込んだほうが手っ取り早いんじゃないか?」

 永久は笑って首を振った。

「日与くん一人じゃそこらへんの不良少年にしか見えないわ。誰もドアを開けてくれないわよ」

「悪人ヅラで悪かったな!」

 二組に分かれ、手分けして近所の聞き込みを始めた。

 永久は地階の世帯を順番に回った。呼び鈴を押しても前回と同じく、住人の反応は冷たい。「何も知らない」「興味ない」「自分は関係ないから」……

 長時間低賃金で長年働き続けていると、人間はいずれコンクリートの壁のように無関心になる。日々募る絶望感すらも、合法麻薬《エル》の常用でやがて麻痺して消えて行く。

 永久は地階の廊下で立ち話している主婦たちに声をかけた。彼女たちは比較的口が軽そうだ。警察手帳を見せ、事情を聞こうとしたとき、視線を感じて振り返った。

 キャッスル南灰原に面した道路で、痩せた男がこちらを見ている。薄汚いレインコート姿で、テープで補修した防霧マスクを首にかけていた。失業者だろう。

 相手の視線は永久の警察手帳に注がれている。男は一目散に逃げ出した。

「待ちなさい!」

 永久は後を追って走り出した。男が交通量の多い車道前で立ち止まったとき、永久は追いついた。

「何で逃げたの?」

「俺は何にもしてない!」

 男はおびえ、両手を突き出して悲鳴のように言った。

「何も! 事件とは関係ない」

「落ち着きなさい」

 永久は若干口調を緩め、その場から一歩下がった。だが逃がすつもりは毛頭ないという意思を目に込めている。

「ほら、欲しいでしょ」

 ポケットから合法麻薬《エル》の酩酊タブレット、シンセメスク錠を取り出した。永久自身は飲まないが、持っていると合法麻薬《エル》中毒者に口を割らせるとき何かと便利なのだ。

 案の定、男は眼を輝かせた。永久がシートから一錠取り出してくれてやると、男はキャンディを見つけた子どものように受け取り、噛み砕いて飲んだ。

「ハァア~……ああ……」

 男はリラックスした様子で眼をさまよわせ、間延びした息を漏らした。

 一錠でほろ酔い気分がすぐに訪れる。これが合法麻薬《エル》があっという間に酒・煙草市場を食い荒らしたゆえんだ。手軽で、回るのが早い。そしてその結果、大量の合法麻薬《エル》依存者を生み出した。

 永久は言った。

「キャッスル南灰原の住人じゃないわね」

「俺ァ悪魔を見たんだ……もう一錠くれよ」

「話し終わってからね。悪魔って?」

 男は眼を見開き、ジャンキー特有の早口で言った。

「事件があった夜! 俺ァ、あのマンションの軒下で夜を過ごそうと思ったんだ。あの日……夕方くらいだった」

「例の神隠し事件があった日?」

「そうだ。そこにいたら、二人の女が来たんだ」


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