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「未来のために」第13話 (最終話)


第13話 (最終話) 「未来へ」


 ――二ヶ月後
 抗体と治療薬ができたことを世界中に配信すると、グレイスホテルには少しずつ人が集まり始めた。今では百人ほどがここで生活をしている。
 ようやく昼間でも外に出ることができ安心した生活ができるようになった世界。ただ、失った日常を取り戻そうと、人々はこれからを生きるために今できることを探しながら必死で生活していた。
 伊折とレオは拠点をグレイスホテルにうつし、ユキトやエナのような小さな子どもたちに読み書きを教えたり、農作業をしたりホテルの設備を整えたりと、忙しくも充実した日々を送っていた。
 もといたコロニーをマリウス病院と名付け、教授と麗子先生、ママとマスターの夫婦はそちらに戻って病院としての機能をも再開させていた。ジンは看護師になりたいと言ったマリウスの娘、マリアと一緒にマリウス病院に拠点をうつしていた。
 皆それぞれ未来に向けてやりたいことをやりながら、日々を懸命に、そして明るく平和に暮らしていた。

 伊折とレオは久しぶりにマリウス病院に顔を出していた。
「よお、皆変わりはないか?」
 まず二人が足を運んだのは食堂のキッチンだった。
「あら、伊折にレオくんも。相変わらず仲良しね。こっちは何も変わりないわよ」
 ママが優しい笑顔で答えてくれた。
「そっか。そっちも仲良くやってくれ」
 伊折がそう言うと奥にいたマスターが笑いながら親指を立てていた。
「伊折! レオ!」
 食堂の手伝いをしているツバサが二人に駆け寄ってきた。
「おう、ツバサ、ちゃんと働いてるか?」
「はい! ママさんもマスターも良くしてくれます」
「そっか、よかったな」
「はい!」
「ツバサ、頑張ってね」
「はい! お二人も頑張ってください」
 三人の様子を見て安心した伊折とレオは食堂を出ると一階の研究室に入っていった。
「よお、変わりはないか?」
 研究室には教授と麗子先生とジンが、それぞれパソコンの前に座っていた。
「おう、二人とも、元気そうだな」
 教授が二人を見て言った。
「レオくん、体調は? あれから何ともない?」
 麗子先生はレオの心配をしているようで、レオに近寄ってきて首すじをのぞきこんでいた。
「はい、何ともないです。ありがとうございます」
「そう、ならよかったわ。何か変わったことがあったらすぐにくるように」
「はい」
「そっちはどうだ? 何か不便はないか?」
 ジンも二人のそばにくると麗子先生の隣に並んだ。
「こっちは順調。皆それぞれ好きなことをやって楽しそうだぜ」
「そうか。こっちも順調だ」
「マリアちゃんは?」
 レオがジンに聞いていた。
「はは、あいつは一丁前に患者のお世話をしてるよ」
「すごく助かってるのよ。明るくて可愛らしくて、皆の人気者よ。ねえ、ジン」
 麗子先生はそう言うとジンを見つめた。
「ああ、本当に、そうだな」
 ジンも笑顔で麗子先生を見つめていた。
「ん? なんだ? 二人はできてんのか?」
 そんな二人を見て伊折はジンと麗子先生を指さした。
「えっ?」
「あ、いや、ハハッ、まあ」
 二人は顔を赤らめていた。
「はいはい、勝手に仲良くやってくれ」
「あははっ」
 レオもその様子を見て楽しそうに笑っていた。
 皆の元気な姿を見て安心した伊折とレオは、また来ると言ってマリウス病院をあとにした。

 ホテルに戻って子どもたちと過ごし、伊折とレオは小さな子どもたちを寝かせつけた。ここにいるほとんどの子どもたちは家族を失っている。そのつらさや寂しさがわかる伊折とレオは、できるだけ子どもたちに寂しい想いをさせまいと常によりそっていた。
 一日が終わり、いつもはすぐに眠っていたレオだったが、この日はベッドから抜け出すと伊折の部屋に向かった。
「ん? どうしたレオ。眠れないのか?」
 ベッドに座って本を読んでいた伊折はレオを見ると笑顔になった。
「うん。ちょっと話してもいい?」
「もちろん」
 伊折は嬉しそうにしながらレオを自分の隣に座らせた。
「なんか、こうやって二人でゆっくり話すのも久しぶりだな」
「うん」
 二人はお互いにこの時間を喜んでいるようだった。
「あのさ、伊折の目標、達成したね」
「おう、そうだな」
「病院にもここにも、人がたくさんいる」
「あ、ということは、レオの目標も達成したってことだな」
 二人は目を合わせた。
「あは、そうだね」
 レオの目標は、生存者を探して人を増やすという伊折の目標を叶える、というものだった。
「ねえ、伊折の次の目標は? どうする?」
「うーん、そうだな……」
 伊折は少し考えていた。
「レオ、お前はどうしたい?」
 伊折はレオの顔を覗き込んだ。
「僕は……僕は、わからないんだ。何をやるべきなのかこの先どうしたらいいのか。このままここで皆とずっとこうやって暮らしていくのか、それとも何かやるべきことを探すのか。未来を作るって言ってたけど、いくら考えても未来のために何をどうすればいいのか答えが見つからないんだ」
「なんだ、そんなことか。ははっ」
 伊折は笑っていた。
「なんで笑うんだよ」
 レオは少しすねた様子をみせた。
「いや、悪い。なあレオ、それでいいんじゃないか?」
「えっ?」
「やるべきことなんてなにも無理してつくるものじゃないだろ? こんな世界なんだ。これから先、必要なもの足りないもの、やらなければならないことはたくさん出てくる。その時その時に考えて対応していけばいいんじゃないか? 今レオがあせる必要はないと思うけど?」
「……うん」
 レオは伊折にそう言われて何か考えていた。
「それをふまえて考えてみろ。レオは今どうしたい?」
 伊折がもう一度聞いた。
「僕は……うーん。今は何をやればいいかわからないから、伊折と一緒にいれればそれでいいや」
 レオはニッコリと笑って伊折を見た。伊折は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「はは、また俺と同じだな」
「本当?」
「俺も、お前がそばにいればいいや。まあ、俺の場合は俺がそばにいてやらないとお前は危なっかしいから仕方なく、だけどな。俺がついててやるよ」
 伊折はそう言うと照れ隠しなのかすぐにベッドに寝転んだ。
「ありがとう、伊折」
 レオもそんな伊折を見て笑いながら伊折の隣に寝転んだ。
「未来は俺たちにかかっているからな」
「えー、伊折、まだそれ言ってるの?」
「ハハッ」
「もう僕たちクロスは特別じゃなくなったよ?」
「そうだけどさ、この先俺たちみたいな若いやつらがこの世界を支えていかないといけなくなるだろ?」
「そうなの?」
「あ、そうだ、俺たちで学校でも作るか」
「学校!? いいね。あの小さい子たちには必要だよね」
「ああ、これからの未来のために、な」
「未来のために……だね」
 二人の頭の中には同じ未来があった。
 心から信頼しあっている二人。家族のように兄弟のように、当たり前のようにお互いを必要として支えあっている二人。そして今、二人はお互いに出会えたことを心から感謝していた。
「もう寝るぞ」
 伊折が言った。
「僕もここで寝ていい?」
「……ったく、仕方ねえな。電気消してこいよ」
「えー、僕が?」
「当たり前だろ、早く行ってこいよ」
「えー、もう……」
 そう言いながらもベッドから起き上がったレオの表情はとても嬉しそうだった。
 そして部屋の灯りが消えても、二人の楽しそうな笑い声はしばらくの間続いていた。

 ヴィラドウィルスによって崩壊した世界。全てを失った悲しみと絶望の中でも決して立ち止まらない。一人じゃないから、きっと誰にでも寄り添いあえる仲間はいるはずだから。苦しみや哀しみを乗り越えた先には必ず明るい未来がある。そう信じて、その未来のために、これからも自分たちは前に進まなければならない。
 伊折もレオも、そうやって必死で今を生きようとしていた。自分たちが想い描く、その明るい未来を作るために。

          完

 



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