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人は責任から逃げるもので、その時信じられるヤツは誰なのか。

数日前のnoteに「他人任せな日本人は~」という文言を書いた。

今でもその考えに変わりはない。

ただ同時に、そういう人ばかりではないことも知っている。

ついでに言うと、僕自身も「他人任せな日本人」に当てはまる人間だと思う。

だからこそ、自分で責任を持って行動できる人を尊敬する。


で、「どうすれば自責思考が身につくんだろう?」と思った。

それにはまず「自責思考」をすることで得られることを見るのがいい。


一つ目は何と言っても「改善力」が身につくこと

例えばnoteで活動している人がいるとして、ビューだったりスキだったりが伸び悩んでいるとする。

「他人に原因がある」と考えると、

  • 読者が読まないから

  • 読者がスキしないから

  • 運営が自分のnoteをオススメしないから

みたいな思考になる。

だけどこれって読者からすれば「はぁ?」だよね。

「お前のnoteが読まれないのはお前のnoteがおもしろそうじゃないからだよ」とツッコみたくなる。

そして読んでみておもしろくなかったら、当然スキはしない。

それを咎められたら「お前のnoteがおもしろくないからだよ」と返すだろう。

note運営もそうだ。

おもしろくないものをオススメするより、おもしろいものをオススメした方がnoteが賑わう。

だからオススメされたいのなら「おもしろいものを書いてくださいね」ということだ。

他責思考は「他者に責任を持たせること」だから、自身の改善に繋がらない。

改善されなければ向上はない。

自責思考は自身に「改善」を求める。

だからクオリティーの向上に繋がり、結果として現れやすくなる。


二つ目は「責任」

一つ目のように「改善」の考えがあるのなら、例え今うまく行っていなくとも「最後までやり遂げる」という意識が芽生えるだろう。


そしてその責任感は三つ目の「信頼」にも繋がる。


自責思考を身につけると「自身の成長」に繋がり、「他者からの信頼」を得やすくなる。

何と言うか「生きやすそう」だ。


本質はこれだと思う。

「生きやすそう」

自責思考は「先の生きやすさ」を、他責思考は「今の生きやすさ」を得やすい。

結局人は楽をしたい

それを達成する手段として、自責思考や他責思考を使う。

そして人の多くは「今の生きやすさ」を得ようとする。

それは先のことが不透明であった原始時代から来る本能だろう。


得た肉は、今食べる。

だって肉は腐るから。

それに今食べなきゃ他の動物や人間に奪われるリスクがある。

「今の生きやすさ」を得るために今食べる!


そういう本能は今もなお変わらず僕らの中にある。

例えば第二次大戦時のイタリアで、敗戦色が濃厚になったとき人は何をした?

全責任を首相であったムッソリーニに押しつけて、なんなら処刑までしただろ。

それが間違いか否かは今の論点ではないし、僕がムッソリーニ支持なわけでもない。

だけど責任を一人に押し付ける様は「他責思考」のそれ。


つまり何が言いたいかって「日本人だから」ってわけじゃない

人間なら誰しも、人に責任を押しつけたくなる。

そしてそんな世の中だからこそ「すべての責任は自分にある」と言える人が強い。


随分とまぁ歴史的、政治的な話で堅苦しい回になったね。

ただ責任を持つためには考えなければならないし、考えるためには知らなければならない。

だからこれは、僕個人のアウトプットだと思ってくれ。

政治家を叩くのもいいけれど、政治家を頼りすぎてもダメだからね。

いざという時、ほとんどの人は責任から逃げる。

だからこそ、自分のことぐらいは自分でなんとかしたい。


以上!くろだでした。

読んでくれてありがとうございました。

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ではまた👋


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