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フランスのワークキャンプで騒ぎに遭遇したお話。気遣いの文化と議論の文化。

20歳の学生の夏休み、フランスにワークキャンプというものにいった。ワークキャンプ、つまりworkcampは日本語ではボランティアキャンプとも言えるようなもので、若い学生が何かボランティア活動をする代わりに、協力団体が寝食を準備してくれるというプログラムだ。ヨーロッパでは盛んに行われていて、主にヨーロッパの各国から国籍様々な学生が集まる。参加には審査に通る必要があり、仲介団体に当時5万だか手数料を払う必要があるが、あとは基本交通費と着替えその他で参加できるのだ。

パリからさらに電車で数時間、日本と違うフランスの農場をずっと行った先にある、Azeraillesという当時日本語名もない田舎町(アゼライユ、みたいな感じ)。そこの体育館みたいなところで、30人ほど、日本人というか東洋人は私ともう一人だけ、半分の15人はフランス人、残りはトルコ、チェコ、セルビア、ベラルーシ、ロシアなど、ヨーロッパ各国の学生たちが参加していた。

フランス人たちは基本的に英語を話したがらずフランス語フランス人で固まるので、フランス人グループと、英語を話す他国籍グループみたいな感じでなんとなく分かれていた。みんな大学生ばかりだったが、フランス人だけ高校生が数人混じっていた。

その中の一人、Greg(グレッグ)。南部出身らしく、褐色の肌に黒い瞳。小柄な熊のように大きな体をしているのに、雨の日に捨てられた子犬のように悲しい目をしていた。拙いフランス語で挨拶しても、みんなで一緒に絵を描いて、笑わせようと話しかけても、微笑むことさえめったになかった。彼がキャンプ中、自殺未遂を起こしたのだった。

ある日の夜。川の整備の仕事も終わって自由時間。私ともう一人の日本人ゆかちゃんが買い物か何かから帰ると、何やら宿泊所が騒がしかった。赤いほっぺが特徴的なトルコ人男性Eser(エッセル)に何があったのか聞くと、お腹を刺すジェスチャーをして「Greg tried to kill himself!」(グレッグが自殺未遂したんだよ!)と言った。命はあって今は病院にいるということだ。みな口々にフランス語や英語でなにか話をしていたけれど、よく聞き取れなかった。

あったことをゆかちゃんに伝えると、すっかり怖がってしまい、奥に引っ込んで「怖い。日本に帰りたい。」とうずくまって泣き出してしまった。私は慰めながら、「こういう状況では英語でなんていうんだろう。I'm sorryかな」「深刻な状況だから、あまりふざけてはなるまいな。下手なことを言わないよう黙っていよう」と空気を読み、口をつぐんでいようと考えていた。

落ち着かなくてみんなのところに戻ると、いつも笑顔がチャーミングなセルビア人Milena(ミレナ)がおもむろにバサバサと何か紙を持ってきて、テーブルに広げた。先日みんなで絵を描いたときの絵だった。「These are his pictures.」(これ、Gregの絵。)Eserも他のみんなも、わらわらとそこに集まった。

「This is a knife!」(これ、ナイフの絵だよ!)Milenaが叫んだ。よく見ると確かに、黒くぐちゃぐちゃに塗りつぶされた絵の中に、三角形のナイフの絵と、赤で書かれた血のような雫があった。さらに、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされているところも、よく見ると人の形をしていて、誰かが誰かを刺しているようだった。

「This is a man! like that!」(これは男の絵だ!こんなポーズしてる!)次はEserが、僕が発見した!といわんばかりに、いつもキラキラした黒い目をさらにギラギラさせて、両手で股間を抑えるポーズをした。確かにEserの指したその絵は、こちらも黒く塗りつぶされた物体が描かれていたが、よく見ると人の形で、確かに股間のところを押さえていた。心の闇を表したような、不安定で不吉な感じのする絵だった。

その後もみな口々に、「これは彼自身を表している!」「助けを求めていたのかもしれない!」「自殺を予告していた!」と、客観的に分析をして仮説を立てていた。その議論はすごく興味深く知的に面白かったんだけど、「空気を読まねば」と思っていた私はなんだが、その切り替えの早さに度肝を抜かれてしまった。

Gregがその後どうなったのかは知らない。その後も、他の高校生のふたりの男の子がみんなのスーツケースから現金を盗んで逃亡した騒ぎがあった(私は鍵をしていて免れた。盗まれたお金はキャンプの主催団体が保障した)。間もなく彼らは発見されたが、話によるとその子たちは少年院(的な施設)から出たばかりだったようで、問題を起こしたことでまたそういう施設に送られるということだった。このワークキャンプ、現地の高校生たちは、問題行動のある子の更正体験として参加させられていたようだった(他国の参加者は、MilenaもEserもその他もみな意識が高い、優秀な大学生たちばかりだったけれど)。

このワークキャンプ、たくさんの経験をさせてもらったが、私にはこの自殺未遂騒動はかなり衝撃的だった。Gregが自殺を図ったこと自体よりも、「みんなが冷静に、即、心理学者さながらに議論を始めたこと」に心底驚いた。確かに私が思い描いていたように、「そんな…。Gregかわいそうに」「高校生でひとりでキャンプに来て寂しかったのかしら」などとお悔やみ的なことを言っても、別にどうにもならない。ゆかちゃんのように泣き出してうずくまっても何一ついいことはない。それより、その後保護者に提出できる彼の心の闇の痕跡を見つけたほうが役に立つかもしれない。私達も、理由や背景を推測できれば、ちょっとモヤモヤがスッキリする。少なくとも生産的だ。このあたり、さすが学術発祥の地、ヨーロッパだと思うばかりであった。

キャンプ後、Milenaに最後にメールをしたときは、ベルギー、ブリュッセルの社会貢献団体で働いていると言っていたと思う。Eserは、アメリカ系の世界的な石油企業に就職が決まったと言っていた。彼らは英語ネイティブではないが、論理的に議論できる力があれば、世界のどこでも活躍できるのだ。

気遣いも優しい文化だ。でもさまざまな人種と文化、言語、宗教が集まるヨーロッパには、「読まなくてはいけない空気」は存在しない。その分、議論のリテラシーを身につけた上で、事実をもとに議論をする。今私はアメリカ、ヨーロッパ、中東などさまざまな国出身のメンバーからなるグローバルチームで英語で働いているが、この態度はまったく同じだ。時々いろんなところで振りかざされる「不謹慎」「空気を読めない」という価値観は、ごく局所的なものでしかない。

自分の視野の狭さを実感し、まさにカルチャー・ショックを受けた体験であった。

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