『ウィステリアと三人の女たち』芥川賞作家、川上未映子の短編小説集。人生のありふれた事象を描く
ありふれた発想だからって、それがいつだって本当のことからいちばん遠いとはかぎらない。だってわたしたちは多かれ少なかれ、ありふれた顔と体をもって生まれてきて、ありふれた人たちと出会ったり別れたりしてそのつどありふれた問題を抱え込んで、さらにありふれた疲弊をくっつけながら生きていて、そして、一人残らず死んでゆくんだから。
『彼女と彼女の記憶について』(ウィステリアと三人の女たちより)
冒頭から、ごりごり長文引用で失礼しました。
なんかね、すとん、と落ちたの。こころの中に。
生きていれば、自分だけがこんなに辛いんじゃないかって気分になったりもしますが、すべてはありふれた経験で、ネットで調べれば、同じような悩みを持った人がいて。
そのありふれた経験を、自分の中でどうにかこうにか意味づけをして、「わたしの人生」とラベル付けしているだけなのかも。そう思ったら、わたしは少しこころが軽くなった。
つまり、生きているだけで、ありふれているってことからは誰一人として免れられないんじゃないかっていうこと。
「自分という存在は、ありふれた一個体でしかない」という真実を、どう捉えるか。冒頭から、そんなことを考えて、引き込まれました。
今回は、川上未映子さんの『ウィステリアと三人の女たち』をご紹介。
文章がとても美しくて、ヒリヒリと迫ってくるような読み心地の物語が詰まってます。
誰の人生にも重なる瞬間が描かれた4作品を収録
こちらの本には、以下の4作品が収録されています。
『彼女と彼女の記憶について』
『シャンデリア』
『マリーの愛の証明』
『ウィステリアと三人の女たち』
詳しいあらすじは、いつも通り書かないのだけれど、どの作品も、わたしたちの人生にありふれた、ある事象を描いた作品たちだった。
ある日とつぜん、自分の心の中にしまっていたはずの過去を目の前にさらされた瞬間だったり、理解されない虚しさがつのって、無関係の他人に恐ろしく冷たい攻撃をしてしまった瞬間だったり。
不思議な物語ばかりだった。どの作品も、一見自分とは関係ない世界の人たちの物語なのに、自分の過去をのぞいているような気分にもなるの。
きっとそれは、人間として生まれた以上、避けては通れないテーマが軸になっているからかもしれません。
さいごに、『マリーの愛の証明』から、好きな一節を載せておわり。
いま自分が誰かを愛していないからといって、愛が消えてしまったことにはならないんじゃないかしら。そしていま自分が誰かに愛されていないからといって、そこに愛がないとはいえないんじゃないかしら。誰に愛されていなくたって、もしその人が愛のことを一度でも知ったことがあるのなら、愛はそこにあるとはいえないだろうか。
ぜひぜひ、これは多くを知らないままに読んでみてください。
■次はコレ!この本が好きなら、これも好きなはずシリーズ
・『噛みあわない会話と、ある過去について』辻村深月――過去の怒りは消えないけれど、どう向き合うかはあなた次第
・『ウエハースの椅子』江國香織――わたしには、6年の付き合いになる不倫相手がいる。絶望という死に至る病に蝕まれる女性を描いた物語
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